ただいま鉄道写真スキャン中

昭和40年代中半の国鉄時代から、21世紀初頭のJR時代までの鉄道写真をご紹介。当時のことやら思い付いたことなどをとりとめなく記しました。

再び、苗穂カーブ

前日の苗穂カーブが気に入ったのか、この日も同じ場所で撮影しております。

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06:50 新琴似←新川 631D

新川駅へ向かう途中で出会った、石狩当別行きの列車。時刻表を見て驚いたのですが、この当時すでに、札幌から直通の新十津川行きの列車は1本もなく、全て石狩当別始発になっていました。しかも3往復のみ。どうやら3月のダイヤ改正新十津川直通列車は4往復から0.5往復(最終の新十津川発、札幌行き)に大幅減便され、更に11月の改正では、残った0.5往復も時刻表上は石狩当別で分割され別列車扱いとなったようです。この無慈悲なダイヤはJR化後も引き継がれました。

 

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06:58 新川駅 620D

石狩当別始発の、札沼線上りの1番列車です。現在の1番列車では06:02となっています。当時の、待合室と整理券発行機しかなかった新川駅からは、今の大きな駅舎は想像もできません。

札幌到着は07:09、3番ホーム。隣の4番ホームには、回送列車となってとっくに札幌駅を発車している筈の急行「大雪」が停車していました。本来なら3番ホームなのですが、620Dが到着するため、4番ホームに変更となったのでしょう。

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07:10 札幌駅 大雪

夜行の急行「大雪」は、11月のダイヤ改正前まで「大雪4号」だった列車です。つまり、昼行の急行「大雪」は廃止されてしまったということ。今では、旭川~網走間の特急「大雪」に愛称名が引き継がれています。

愛称名は「大雪山(だいせつざん)」が由来となっていますが、愛称名の「大雪」は「たいせつ」と呼びます。今の特急「大雪」も「たいせつ」のままなのでしょうか。

苗穂へは、6番ホームに停車中の923列車に乗車したようです。苗穂駅に到着すると、小走りで撮影地へ向かいました。多分。

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07:36 白石~苗穂 124M・127M

当然ながら、この当時の普通電車は711系のみ。新塗色への塗り替えは終了していたようです。小樽発、江別行きの127Mは、12月31日、1月2、3日は運休です。124Mは江別発、小樽行き。

 

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07:37 白石←苗穂 回(単?)9991列車

鉄道ダイヤ情報」のダイヤで確認したのでしょうか、こんな列車番号。臨時の夜行急行「すずらん89号」(函館→札幌)を牽引して、札幌運転区(現 札幌運転所)から岩見沢機関区(旧 岩見沢第二機関区)へ回送されるところなのでしょうか。

 

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07:43 白石←苗穂 単5893列車・925列車

小樽発、岩見沢行きの925列車を、千歳線の単機が追いかけます。DE10 1733です。LPG輸送用の機関車でしょうか。

 

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07:54 白石←苗穂 北斗2号

「北斗2号」は札幌発07:50、函館到着は11:53。所要時間は4時間3分でした。最速で全席指定の「北斗1号」と「北斗14号」でも3時間47分を要していました。

キハ281系デビュー当時の「スーパー北斗2号」と「スーパー北斗19号」が2時間59分で突っ走っており、いかに速かったかと思い知らされます。停車駅は少なかったですけど。もっともその頃には「北斗」は全てN183系、NN183系に統一され、3時間30~40分で走っていました。

 

サーバーの容量が既に20%を超えているので、次回へ続きます。

 

昭和61(1986)年12月30日