ただいま鉄道写真スキャン中

昭和40年代中半の国鉄時代から、21世紀初頭のJR時代までの鉄道写真をご紹介。当時のことやら思い付いたことなどをとりとめなく記しました。

まずは第一と第二

只見線にハマりかけて思いました。只見川に架かる八つの橋をみんな撮っちまおうと。まずは、昨日下見した第一と第二から。

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06:50頃 会津坂下駅 422D(423Dより)

朝の列車交換。ちょっぴり冷たい空気に清々しさが一杯です。平日だと高校生たちで賑わいます。

下り列車はこの駅を過ぎてからいよいよ山道に入ります。

 

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07:40頃 会津宮下駅 424D・423D

会津宮下駅に到着し下車。JRになってから奇天烈な塗色が全国に蔓延した反動で、今や国鉄色が大人気。国鉄時代には存在しなかった一般色ツートンや果ては急行色のキハ40系が出現し、これは嬉しい冗談。JR九州の真っ赤な485系電車はどうかと思うけれど、基本的に赤が入ってシンプルな塗分け塗装は個人的には好き好き好き。新幹線にもようやく赤が使われるようになりました。

奇天烈JR色の中には全く記憶に残っていないモノもあるでしょうねえ。

 

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07:42 会津西方会津宮下 424D

ザ・逆光。フレアもゴーストもでまくり。

今は列車の背後に道路のアーチ橋が架かっています。そして今の方が鉄道のコンクリートアーチ橋がよく見えるようです。

 

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08:38 会津宮下会津西方 426D

一見、急行「奥只見」みたい。朝日を受けて万歳三唱。第二橋梁ゲット。

 

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08:42 会津西方会津檜原 426D

朝日を受けて万歳六唱といきたいところだけれど、水鏡が残念。位置的にバランスが難しい。でもまあ、第一橋梁ゲット。

これよりも更に高い所まで登ると川の全貌が見える、と気づくのはまだ先のことでした。ある意味、人間はそこで満足したり欲望を失うとそこから先へ進まずに終わってしまいますね。

 

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09:28 会津宮下駅 425D

さあ、次の橋梁撮影のために移動します。

 

昭和62(1987)年10月4日