過去記事で紹介したものですが、画像を増量してアップし直します。
房総特急を撮りたかったので、核心の駅となる千葉駅のホームで一気に釣りました。東京駅でも撮れるのですが、地下駅なので撮り辛いです。
こんな感じになってしまう。悪くはないけど、やっぱりお天道様の下で撮りたい。
で、千葉駅です。まあ、所詮は駅撮りと言ってしまえばそうなのですが。
サロ183-11
廣田尚敬さんを意識したのかな。ヘッドマークがちゃんと固定されておらず、斜めっています。
「さざなみ」
内房線特急で東京~館山・千倉の運転。
「わかしお」
「しおさい」
総武線特急で東京~銚子の運転
以上の4列車は東京~千葉間は共通し、千葉から四方面に分かれます。
昭和47(1972)年にL特急として「さざなみ」「わかしお」がデビューし、昭和50(1975)年に「しおさい」と「あやめ」が登場しました。「あやめ」は当時、運転距離最短となる113.1kmという特急列車でしたが、房総特急全般が特急列車としては短距離ランナーで、一番長い「さざなみ」でも139.6km(東京~千倉)でした。札幌~旭川間の「いしかり」や「ライラック」とあまり変わりません。
4列車とも共通運用で、L特急らしく9両中5両が自由席です。短距離運転のため食堂車はありません。それにしても「さざなみ」「わかしお」「しおさい」は、イメージもイラストも似ていて、とてもややこしい。
トップナンバーをゲット。
登場時の183系は181系の後継にも思えますが、運用は東京地下駅に乗り入れる短距離列車であるため、前述したように食堂車はなく、保安上A-A基準で製造され、貫通扉は非常時の脱出用に使用されます。また乗降時間短縮のために、グリーン車以外の普通車は2扉となっています。そんな安物特急のイメージが付きまとうものの、普通車に初めて簡易ながらもリクライニングシートが採用されました。
一方で、将来的な長距離運用も考慮しており、パンタグラフ取り付け部は低屋根とし、また前部標識灯は屋根上にはなく、断面の小さなトンネルの通過を可能にしていますし、横軽対策も施工済です。後に登場する1000番代は明白な181系の後継として耐寒耐雪構造とし、「あずさ」「あまぎ」「とき」などの運用に就きます。地下乗り入れを考慮せず、貫通扉は廃止され、また前部羽根模様の塗り分けが変更されました。
千葉駅は貨物列車も通過します。旋回窓ではないワイパーの運転室窓は、何だかあっさりしたやさしい印象です。でも窓上の無線機は無骨。
郵便荷物電車であるクモユニ74も走ります。東海道線のとは異なり、こちらは中京地区からやってきた小目玉の100番代。
初期車の大目玉、非冷房車113系は東京駅には乗り入れせず、千葉より先での運用です。総武快速線と同じスカ色ながらも、大目玉であるだけで印象は随分と異なるものです。
たった一度だけの訪問となってしまった千葉駅ですが、もっと駅舎だとか駅の情景だとかも撮っておけばよかったなと、いつもの後悔。
昭和56(1981)年7月11日