ただいま鉄道写真スキャン中

昭和40年代中半の国鉄時代から、21世紀初頭のJR時代までの鉄道写真をご紹介。当時のことやら思い付いたことなどをとりとめなく記しました。

函館駅の廃車体

青森から「海峡3号」に乗車して函館に到着。そのホームからは、長年にわたる役目を終えて、静かに眠るキハ22などの姿が見えました。

f:id:railway-photo:20200908083119j:plain

キハ22 298

 

f:id:railway-photo:20200908083135j:plain

マニ50 2215

これは現役車で、救援車代用と表示されています。実質「マヤ50」ということになりますが、具体的にどんな状況下で出動したんでしょうね。

 

f:id:railway-photo:20200908083153j:plain

DE10 1718

「海峡3号」を函館運転所へ引き上げます。

 

f:id:railway-photo:20200908083213j:plain

キハ22 703

ワンマン化改造された700番代。キハ40系のJR色とは異なり、幕板部(窓上)に萌黄色のラインがありません。701、702は上砂川支線で、703~706は函館地区の函館本線江差線に運用されました。

 

f:id:railway-photo:20200908083233j:plain

キハ24 3

少数派のキハ24はキハ22と共に全滅。

 

f:id:railway-photo:20200908083256j:plain

キハ22 322

苫小牧の車両。廃車疎開

 

f:id:railway-photo:20200908083318j:plain

キハ24 2

 

f:id:railway-photo:20200908083338j:plain

キハ22 316

これも苫小牧車。

左の貨車はワム286395。白帯なのは救援車代用というマニ50と同じ役割を担っている印だそうな。

 

f:id:railway-photo:20200908083414j:plain

12:09発 スーパー北斗9号

おそらくこれに乗車して帰宅したんだと思われ。

 

平成7(1995)年5月28日