ただいま鉄道写真スキャン中

昭和40年代中半の国鉄時代から、21世紀初頭のJR時代までの鉄道写真をご紹介。当時のことやら思い付いたことなどをとりとめなく記しました。

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田中泰三様提供の画像につき、転載はご遠慮ください。(リンク先の田中泰三さんとは関係がありません。)

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昭和43(1698)年6月25日 宇和島機関区

車歴は↓こちら。

58623 機関車データベース (形式8620) - デゴイチよく走る!

 

この二日間で四国のハチロクの画像を3両アップしましたが、どれも形式入りナンバープレートを装着しています。伝統だったのでしょうかね。

キャブ前面の扉が開いていますが、機関士側にも同様の扉が付いています。実際、どういう状況で使用したのでしょう。ランボードで点検を終えてからキャブに入ったとか。或いはその逆に、キャブからランボードに出て、ボイラー周りを点検したとか。まあ、どっちもなんでしょうねえ。

この頃の書籍の写真を見ても、ハチロクが本線で列車を牽引している姿は見当たらず、専らC58ばかりですから、すでに入換専用になっていたのかもしれません。

ハチロクの中には箱型輪心、いわゆるボックス動輪に履き替えたものがいます。ウィキによれば48633、48667、78657、78676などがあったようです。C58の動輪を履いたのではとの憶測がありましたが、動輪径がC58の1520mmに対してハチロクは1600mmなので、履き替えは無理です。つまり、ハチロク専用のボックス動輪を製造したということになります。C51の場合、ボックスに履き替えたカマは「似合わない」というブーイングが飛び交っていたようですが、C51よりも注目度が低かったハチロクの場合にはさほど非難めいた声はなかったようです。スポークよりも頑丈で亀裂の発生がなく、タイヤの緩みも生じにくいなど運用上・保守上有利なわけですから、現場にしてみれば歓迎されたことでしょう。

今後、九州地区のハチロクの画像もアップします。門デフ装着のもの、変形テンダーのものなどがありますが、アップまでにはまだちょっと時間がかかりそうで、キューロクの記事の中に突然割り込む格好になります。