ただいま鉄道写真スキャン中

昭和40年代中半の国鉄時代から、21世紀初頭のJR時代までの鉄道写真をご紹介。当時のことやら思い付いたことなどをとりとめなく記しました。

39663と39670と39679

SAMPUKU爺様の画像の転載はご遠慮ください。

f:id:railway-photo:20201123081007j:plain

昭和42(1967)年8月19日 青森機関区

車歴は↓こちら。

39663 機関車データベース (形式9600) - デゴイチよく走る!

片側だけの解放テコで、しかも低位置にあるため、前面がスッキリし過ぎの感があります。煙突上のお皿は、蒸機末期にはあまり見かけなくなりました。

キャブ前面窓が開放されていますが、回転式だと見通しが悪そうです。

炭水車は、入換時の後方見通しを良くするために改造されています。

 

f:id:railway-photo:20201123081123j:plain

昭和50(1975)年4月2日 帯広運転区

車歴は↓こちら。

39670 機関車データベース (形式9600) - デゴイチよく走る!

第一種休車になったばかりの状態です。この当時としては貴重な前照灯1灯。39663に比べるとフロントデッキの柵状手摺や除煙板が増設されたのに加え、トラ模様を施されて入換機としての貫禄十分です。ナンバープレートの数字の配置は、形式を意識したものでしょう。帯広は非電化区間ですが、「架線注意」札があります。もはや、お守りのようなものかも。

 

f:id:railway-photo:20201123081304j:plain

昭和50(1975)年8月12日 追分駅

車歴は↓こちら。

39679 機関車データベース (形式9600) - デゴイチよく走る!

過去記事でちょろっと登場した39679。宗谷線旭川~名寄間で49648と共に「さよならSL列車」を牽引する際に、ランボードには白、主連棒には赤を差したものと思われます。その翌日(昭和50年5月6日)には名寄線の名寄~上興部間でキューロク三重連による「さよならSL列車」の任に当たっています。

砂箱からは煙突状のものが飛び出しているのがユニークです。正面のナンバープレートは形式入りでした。真夏なのにスノープラウを装着しています。すでに本線仕業はなく入換専用なのにもかかわらず、名寄区時代のタブレットキャッチャーを装備したままです。

青森区時代には後方の見通しをよくするために39663と同様の改造炭水車を率いていたと思われますが、酒田区、新津区を経由して渡道した際に、他の機関車のものと振り替えられたようです。