ただいま鉄道写真スキャン中

昭和40年代中半の国鉄時代から、21世紀初頭のJR時代までの鉄道写真をご紹介。当時のことやら思い付いたことなどをとりとめなく記しました。

C12 74とC12 88

田中 泰三様とSAMPUKU爺様の画像につき、転載はご遠慮ください。

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昭和42(1967)年3月25日 中津川機関区

炭庫背面のナンバープレート下方に、SG管を引っ掛けています。こんな高い位置では取り外し、取り付けがめっちゃやりにくかったのではないでしょうか。つか、この時代、客車を牽引していたということでしょうか。

 

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昭和44(1969)年8月3日 中津川機関区

車歴は↓こちら。

C1274 機関車データベース (形式C12) - デゴイチよく走る!

炭庫が木枠などではなく、鋼板で嵩上げしています。その分、梯子が途絶えており、ちょっと使いにくそうです。

 

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昭和42(1967)年8月1日 糸魚川機関区

車歴は↓こちら。

C1288 機関車データベース (形式C12) - デゴイチよく走る!

「架線注意」札を煙室両サイドにも掲出するため、わざわざステーを設けています。前回の69号機やきゅーろくでも見られたスタイルですが、C12の場合は極めて少数派でしょうか。

C12は本線運転も行っていましたが、タブレットキャッチャーを装備した写真は見たことがありません。運転速度が遅いので、駅を通過する際、直接腕で引っ掛けることができたからでしょうかね。