ただいま鉄道写真スキャン中

昭和40年代中半の国鉄時代から、21世紀初頭のJR時代までの鉄道写真をご紹介。当時のことやら思い付いたことなどをとりとめなく記しました。

C57 118とC57 120とC57 122

田中 泰三様とSAMPUKU爺様の画像につき、転載はご遠慮ください。

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昭和42(1967)年8月5日 岩見沢

 

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昭和43(1968)年9月1日 小樽築港駅

車歴は↓こちら。

C57118 機関車データベース (形式C57) - デゴイチよく走る!

狩勝越えに備えて重油タンクを装備。北海道では集煙装置は装備されませんでした。

函館本線電化の前後で、補助灯の種類と位置が変更になりました。除煙板の切り詰めはありません。旋回窓は機関士側、機関助士側とも装備。

 

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昭和43(1968)年3月31日 米子機関区

車歴は↓こちら。

C57120 機関車データベース (形式C57) - デゴイチよく走る!

山越えに備え、集煙装置に重油タンクのフル装備です。

炭水車の台車が1次型のものではありません。晩年の135号機のようです。炭水車そのものを振り替えたのか、台車だけ交換したのか。

整然と置かれた各種機関車のスノープラウは、それぞれ形状が異なっています。

 

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昭和43(1968)年3月18日 鹿児島機関区

 

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昭和43(1968)年3月 宮崎機関区

車歴は↓こちら。

C57122 機関車データベース (形式C57) - デゴイチよく走る!

この当時は鹿児島機関区の所属です。このちょうど1年前の写真を某書籍で見ると、煙室扉ハンドルが、116号機と同じ十字タイプのものを装備しています。交換した理由は一体何だったのでしょう。