ただいま鉄道写真スキャン中

昭和40年代中半の国鉄時代から、21世紀初頭のJR時代までの鉄道写真をご紹介。当時のことやら思い付いたことなどをとりとめなく記しました。

C58 194

田中 泰三様の画像につき、転載はご遠慮ください。

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昭和42(1967)年10月22日 高山機関区

 

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昭和43(1968)年1月30日 高山機関区

車歴は↓こちら。

C58194 機関車データベース (形式C58) - デゴイチよく走る!

車歴表にはこの時代、美濃太田区所属となっていますが、明らかに高山区所属です。

先輪がスポークからディスクへ交換されています。ドーム前の逆止弁がランボード上に移設されています。

美濃太田区所属機関車の特徴なのか、「架線注意」札が185号機同様に除煙板ステーに取り付けられています。排障器も同様に1本タイプ。

高山本線北部は豪雪地帯であり、ご覧の通り、フロントデッキには雪がこんもりと。まるで北陸や東北地方のようです。JR化後も、この路線のために(美濃太田機関区→)美濃太田運転所(→美濃太田運輸区→美濃太田車両区)にDE15が配備されていました(2012年度まで)。(ただし、JR発足の一時期は名古屋南運転区の所属となっています。)因みにこの当時の除雪では9600形式が雪掻き車を押していました。