SAMPUKU爺様と江別の鐵様の画像につき、転載はご遠慮ください。
昭和43(1968)年 美唄駅
函館本線の旅客仕業があったんですね。室蘭本線の鷲別~追分間ではC58の貨物運用がありましたが、見たことはありませんでした。
ランボード上の大きな箱状のものは何なのでしょう。この5年後の下の画像にはありません。この当時、苗穂区所属機の特徴なのでしょうか。
昭和47(1972)年7月 西の里信号場
旧線の旧西の里信号場です。本務機D51の前補機を務めるC58 415。札幌近郊にありながら、急勾配区間なので重連仕業がありました。私はこの時代、とうとうここを訪れることはありませんでした。後悔しきりです。
信号場のホームからの撮影だと思われます。伝え聞くところによれば、今、JR北海道の駅ではホームでの三脚使用禁止は言うに及ばず、撮影自体を禁止しているところもあるそうです。万が一の事故をおそれての措置なのでしょう。無人駅が増えて安全管理が行き届かない分(監視カメラは設置しているようですが)、ファンを排除する手段に打って出たのでしょうけれども、何とも不甲斐ない事です。完全にファンを「害虫」扱いです。「撮影は安全に行ってください」くらいに留められないのでしょうか。しょっちゅう車輛や線路に異状が発生してダイヤを乱している自身の安全管理は一体どうなっているのか、足元からまず見直して欲しいですね。
車歴は↓こちら。