ただいま鉄道写真スキャン中

昭和40年代中半の国鉄時代から、21世紀初頭のJR時代までの鉄道写真をご紹介。当時のことやら思い付いたことなどをとりとめなく記しました。

C62 16

田中 泰三様の画像につき、転載はご遠慮ください。

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昭和45(1970)年9月24日 糸崎機関区

車歴は↓こちら。

C6216 機関車データベース (形式C62) - デゴイチよく走る!

東海道山陽本線で数々の特急列車を牽引した栄えある機関車です。本州における晩年は、呉線で急行「安芸」を牽引し、急行列車ながらも異例のヘッドマークを掲げ、往時の優等列車牽引の姿を披露してくれました。

C62牽引列車として、西の急行が「安芸」ならば北の急行といえば「ニセコ」。C62重連牽引で名を馳せた断トツ人気の「ニセコ」では、4輌のC62が運用についていました。折しも32号機と44号機が検査切れで落ちるのに合わせ、その穴埋めとして、呉線電化で余剰となったこの16号機が僚機15号機とともに北海道へやってきました。

軸重軽減の他に北海道仕様の改造が施されました。16号機では炭水車が重油タンクを装備している32号機のものに振り替えられ、また動輪と従台車も32号機のものに交換されたそうです。同様に15号機もまた、こちらは44号機の部品に色々と交換されたようです。北海道での活躍は1年足らずでした。

急行「ニセコ」はDD51重連牽引への交代を前に、国鉄の計らいで昭和46(1971)年7月18日、C62三重連が実施されました。三重連を行った区間は小樽~倶知安間でしたが、夢の共演をカメラに収めようと、沿線には多くのファンが集結しました。先頭の前補機はいわずもがなの2号機。次位の前補機は15号機。そして目立たない本務機をこの16号機が務めました。

三重連運転は8月22日にも実施され、そして迎えた9月15日、3度目の三重連が実施され、これがC62が「ニセコ」を牽引する最後の日となりました。小樽築港区のC62、否、現存する日本のC62全4機が総出で「ニセコ」の牽引にあたりました。上り104列車は2号機+3号機+15号機、下り103列車は2号機+3号機+16号機。栄光のC62を締めくくるに相応しいその姿は写真や動画を通して今でもファンの心をぐさぐさ突き通してきます。