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この臨時列車は三笠?まで(サボには「ほろないぶと行」とあります)の運用だったようですが、乗客の姿はありません。客扱いはどの区間だったのか。そもそも手宮駅は貨物駅になっていたのでホームはないし。ヘッドマークに書かれた「リバイバルトレイン」が何を意味するのかも分かりません。そもそも手宮~幌内間は北海道最初の官営鉄道「幌内鉄道」の路線ですが、それと函館本線全通とを絡ませたということでしょうか。こじつけ過ぎやしないでしょうか。素直に函館~旭川間に臨時列車を走らせたらよかったのでは?
その後に登場した貨物列車も何とも変テコな編成で、セキ、ヨ、トキ、ワフなんかが連結されており、明らかに回送列車という雰囲気です。この後どうなったのかは写真がないので分かりません。
なおこの日、14系客車急行の「宗谷」「天北」「ニセコ」は、ヘッドマークを掲出して運転されました。
昭和60(1985)年10月13日