ただいま鉄道写真スキャン中

昭和40年代中半の国鉄時代から、21世紀初頭のJR時代までの鉄道写真をご紹介。当時のことやら思い付いたことなどをとりとめなく記しました。

D51 193

田中 泰三様と江別の鐵様の画像につき、転載はご遠慮ください。

昭和43(1968)年9月1日 小樽築港機関区

 

昭和47(1972)年4月9日 苗穂機関区

 

撮影日不明 栗山~栗丘

車歴は↓こちら。

http://d51498.com/db/D51/D51193

大宮工場製の製番7です。

一番上の画像は、追分区から小樽築港区へ異動して間もなくの頃です。すでにしっかりナンバープレートの上方に電池式補助灯を取り付けて三つ目となっています。この三つ目スタイルは急行「ていね」を牽引したC62で有名でしたが(シールドビームのない二つ目もありましたが)、結局、短期間で終わったようです。

除煙板の切り詰めにより北海道機らしさが(あまり嬉しくはないですが)出ましたが、同じ頃に庇付き前照灯へ交換されており、この機関車の顔の特徴となっています。どこかの炭水車からひっぺがしたものではないかと想像します。

それにしても、フロントのサイドステップの踏板の高さが、左右で明らかに異なっていますね。入換手の乗る公式側が高いです。背の小さな入換手であれば、足を掛けること自体、大変そうですが、身軽であれば何ともないのかな。実際、入換手は動いている機関車に飛び乗ったり飛び降りたりしますから、ドン臭いヤツには無理でしょう。