ただいま鉄道写真スキャン中

昭和40年代中半の国鉄時代から、21世紀初頭のJR時代までの鉄道写真をご紹介。当時のことやら思い付いたことなどをとりとめなく記しました。

D51 267

SAMPUKU爺様の画像につき、転載はご遠慮ください。

昭和42(1967)年3月25日 中津川機関区

車歴は↓こちら。

http://d51498.com/db/D51/D51267

こちらも集煙装置を装備する前の姿になります。

除煙板にフック掛けの孔は無く、その代わり吊り環が付いています。

機関士側のキャブ前窓の庇は先端部が下に折れて、しかも補強材のようなものが添えられています。(助士席側のはストレートで補強材もなし)

原設計では、後部標識灯掛けは前端梁にありますが、雪国ではスノープラウを取り付けるために、灯掛けの方を担いバネカバーなどに移設したものと思われます。

中津川区ではキレイな水が入手できるからなのか、清缶剤送入装置は搭載されていません。

真横からの写真は図面的でディテールをよく観察できますが、いざ撮影するとなるとなかなか引きが取れなかったり、間に障害物が写り込んでしまったりと、案外うまくは撮れないものです。また、私なんかは画面が右上がり(カメラは右下がり)になる癖があるので、真横写真ではそんな癖が露見しやすいですね。