田中 泰三様とSAMPUKU爺様の画像の転載はご遠慮ください。
昭和42(1967)年8月5日 小樽築港
セキ車に囲まれる320号機。まだ除煙板が切り詰めされる前の姿です。
機関区では機関車への給炭用以外にもボイラーで使用する燃料用としても大量の石炭を使用します。かつてはウチでも一冬に2トンくらい使っていたような。なので、物置の半分は石炭貯蔵に充てられていました。雪だるまを作れば、目は当然石炭でした。そしておやつは「石炭飴」。たまに「まりも羊羹」。
昭和50(1975)年2月2日 遠浅→沼ノ端 1294列車
オートカメラの標準レンズで撮影したものをトリミングしています。植苗駅から遠浅駅へ歩いて向かう途中での撮影です。
チップ輸送のトラ90000形式はこの当時、あちこちで見ることが出来ました。山間部の多くの駅構内には木材がゴロゴロしており、それをチップに加工した上で製紙工場へ輸送していました。セキ車は夕張炭を室蘭港へ送り出すものでしょう。
昭和50(1975)年11月8日 追分機関区
もはや「架線注意」札は汚れまくってているのか、文字が読めない状態です。
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