ただいま鉄道写真スキャン中

昭和40年代中半の国鉄時代から、21世紀初頭のJR時代までの鉄道写真をご紹介。当時のことやら思い付いたことなどをとりとめなく記しました。

D51 343

田中 泰三様とSAMPUKU爺様と撮り人不明様の画像につき、転載はご遠慮ください。

昭和42(1967)年7月17日 岩見沢機関区

 

昭和43(1968)年12月25日 清水沢←南清水沢

 

昭和47(1972)年6月17日 追分機関区

北海道機としては随分キレイな車体に見えます。

車歴は↓こちら。

http://d51498.com/db/D51/D51343

ギースル機であることと北海道機としての特徴以外、特に指摘するような箇所は見当たりませんが、機関助士席のキャブ前窓の庇が、少し前垂れした形状なのがユニークです。

車歴表によれば、追分区時代に挟まれた1年足らず、金沢区へ転属した時期があったんですね。北陸本線の電化の関係だとは思いますが、どうしてこんな処置をせねばならなかったのでしょう。もっと近場で機関車を調達できなかったのでしょうか。

昭和42年には除煙板の点検口に蓋が取り付けられていましたが、昭和43年には撤去されています。

夕張線の貨物列車というと運炭列車がイメージされますが、ちゃんと車扱いも運転されていました。トラックによる貨物輸送がまだ十分に普及していない時代ではありました。