ただいま鉄道写真スキャン中

昭和40年代中半の国鉄時代から、21世紀初頭のJR時代までの鉄道写真をご紹介。当時のことやら思い付いたことなどをとりとめなく記しました。

D51 345

田中 泰三様とSAMPUKU爺様の画像の転載はご遠慮ください。

昭和42(1967)年8月6日 苗穂機関区

キャブは密閉化されているものの、除煙板切り詰めもギースル化も実施される前の姿です。補助灯がいかにも小樽築港区の所属機っぽい。

 

昭和50(1975)年1月2日 鷲別機関区

 

昭和50(1975)年11月 追分駅

11月なのにスノープラウが取り付けられていません。撮影日を間違えているのかも。

 

昭和50(1975)年11月11日 追分機関区

炭水車背面のステップ上端から手摺にかけての形状が珍しい。

車歴は↓こちら。

http://d51498.com/db/D51/D51345

蒸機末期まで活躍してこともあってか、当時のSL保存の流行に乗って、現役中は縁もゆかりもない兵庫県太子町で保存されています。ただし、ある程度、時代を遡った姿を意識したのか、丸煙突化、補助灯撤去、前端梁のボルト孔埋め、フロントデッキのコの字型手摺の撤去などと余計なことをしたために、現役時代にはあり得ない姿になっています。よりにもよって鷹取工場での整備だそうですが、どうしてこんな余計なことをしたのか、その理由を知りたいものです。保存状態は良好のようですが。