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昭和43(1968)年3月17日 鳥栖機関区
給炭中の382号機。特徴的な構造の給炭塔が、機関区のシンボル的な存在です。クレーンを使わずに、地下に貯蔵してある石炭(この当時は豆炭でしょうか)をバケットですくい、それをコンベアーによって上の貯炭庫まで運んだんだとか。同様の給炭塔は、直方機関区や門司機関区にもありました。見たことないけど。
昭和43(1968)年3月17日 直方機関区
埋め込み式の後部標識灯。その上に付く、せっかくの灯具掛けが寂しそうです。今の車輛なら当たり前ですが、蒸機時代は必要な時だけ後部標識灯を機関車に取り付けていたようです。よって、前部に取り付けずに運用することも珍しくありませんでした。
しばしば右側に見かける漏水管は、382号機では左側に設置しています。ステップを昇り降りする時の手摺替わりになりそうです。ちょっと太いかな。
連結器の両側に少し離れた位置にある、台枠と炭水庫背面に当てたパッチのような、角を落とした2枚の四角い板は何なのでしょう。見たことのない部材です。
台車の下部に見える排障器は、横方向の部材により強化されているように見えます。
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