ただいま鉄道写真スキャン中

昭和40年代中半の国鉄時代から、21世紀初頭のJR時代までの鉄道写真をご紹介。当時のことやら思い付いたことなどをとりとめなく記しました。

D51 476

田中 泰三様と”撮り人不明”様の画像につき、転載はご遠慮ください。

昭和41(1966)年11月22日 厚狭機関区

 

昭和47(1972)年8月28日 小郡機関区

車歴は↓こちら。

http://d51498.com/db/D51/D51476

向って右寄りに貼られた「架線注意」札がちょっと粋な感じがします。

台形状のエプロンと、前端梁に埋め込まれた後部標識灯は、広島工場扱い機関車の特徴でしょうか。チョロッとだけ姿を見せているドーム前方の手摺、そして煙室扉の穴開きハンドルもその一つだそうです。

除煙板は、バイパス弁の点検口も、吊り用の孔もなく、すっきりした印象です。その内側には吊環が見えます。

この当時の厚狭区D51の運用は広く、山陽本線の厚狭~宇部間、美祢線の厚狭~重安間、宇部線宇部宇部港間、小野田線の小野田~小野田港間となっています。・・・よくよく考えたら大した広くはありませんね。そのせいか、炭水車に増炭枠はなかったようです。

炭水車背面には謎の「清」の文字が。いまだに意味が分かりません。