ただいま鉄道写真スキャン中

昭和40年代中半の国鉄時代から、21世紀初頭のJR時代までの鉄道写真をご紹介。当時のことやら思い付いたことなどをとりとめなく記しました。

D51 506

田中 泰三様の画像につき、転載はご遠慮ください。

昭和43(1968)年6月30日 八王子機関区

車歴は↓こちら。

http://d51498.com/db/D51/D51506

正面を見て気づくのは、煙室扉の取っ手が随分と端っこにあるということ。この方がテコの原理で扉を開く力は少なくて済みますけどね。中央の十字ハンドルは大宮工場担当機の特徴のひとつかと。

生涯を首都圏での運用に終始したためか、前端梁にスノープラウ固定用のボルト孔はありません。

製造銘板を見てふと思ったのですが、戦後まもなくまで、文章を横書きするときは右書きが主流でした。しかし昭和一桁の製造銘板でも左書きのものは珍しくないようです。アルファベットや数字は左書きですから、それに合わせたのでしょうね。そもそもナンバープレートは明治の頃から生粋の左書きだし。なので、506号機の製造銘板を見た時に最初は「戦後に作られたもの?」と思ってしまったのですが、どうもそうではないようです。右書きでも左書きでも読める文章って凄くないですか。今でも船体に書かれた船名は、右舷側は右書きになりますね。書籍では縦書きと横書きでは頁の繰り方が異なっており、国語の教科書や鉄道雑誌のうち「蒸気機関車」や前期の「Railguy」は縦書きが主流なので右にめくり、算数や理科の教科書と多くの鉄道雑誌は横書きなので左にページをめくります。前述の「Railguy」は途中から横書きに変更したため、「年間1」の合本では、1978年1月号から7月号までは右開きで、8月号から12月号は左開きとなっています。裏表紙のないどっちも表表紙で、7月号の最後のページと12月号の最後のページが隣り合っています。両者とも最後のページは横書きなので違和感はありませんけど。更に思い出してしまいましたが、手塚治虫の「ユニコ」はオールカラーのマンガでセリフはなんと横書きの左開き。そしてコマ割りも左から右へ読む流れでした。つまりアメリカンコミックと同じ構成です。海外での出版を意識したようですが、読む方向に関わらず、難なく読めちゃうって日本語も日本人の頭も、何と柔軟なことでしょう。

 

506号機の主動輪(第3動輪)が大宮総合車両センターに保存されているんだとか。