SAMPUKU爺様の画像につき、転載はご遠慮ください。
昭和42(1967)年8月5日 岩見沢機関区
昭和42(1967)年8月13日 滝川機関区
昭和42(1967)年8月17日 追分機関区
車歴は↓こちら。
http://d51498.com/db/D51/D51539
ギースルに密閉キャブに旋回窓、これだけで北海道臭がプンプンします。しかし除煙板の切り詰めは未施工で清缶剤送入装置は載せたままです。
温暖な地域では、後部標識灯を原設計通りに前端梁に装着するケースは珍しくありませんが、北海道では冬期間、雪まみれになって灯具としての役目を十分に果たせないという理由からか、担いバネカバーは勿論、ランボードスロープ部など、なるべく高い位置に設置しています。
煙室扉の蝶番から伸びる「腕」の長さですが、なんでか下の方が上よりも短いです。
従台車の上方、火室と灰箱の間に横長のプレートが2枚、間を置いて並んでいます。「横戸」というもので、燃焼用の空気を取り入れるためのもので開閉構造となっているのだそうですが、つまり、火室内に下から空気を送り込むということなのでしょうか。他の機関車の写真と見比べると、横戸の存在が539号機のようにはっきりしていたり、なんだか恥ずかし気にその存在が目立たないものもあります。どのように開閉するのか、一度見てみたいものです。