Y君とともに、蒸機の思い出たっぷりの植苗を訪れました。
この時のネガもキズだらけです。ご容赦願います。あ、現像ムラもね。
今回の撮影では久々にオートカメラも引っ張り出して2カメでの撮影です。
722D 苫小牧行きに乗車しました。
札幌駅 キハ26 118
キハ12 22 キハ12のラストナンバー車になります。因みに23番が「ぽっぽや号」です。
318列車 急行「利尻」との並び
北の方ではまだ雪が降っていたようです。
318列車の牽引機DD51 1082
キハ12 22の車内
さて植苗にやってきました。植苗駅南側の踏切です。ここを渡っても、もう先へ続く道はありません。
植苗←沼ノ端 781列車 DD51 1010 何やらオマケが付いていますが混合列車ではありません。国鉄時代は貨物列車でも旅客車の輸送・回送を行っていたんですね。
遠浅→沼ノ端 222列車 DD51 下り千歳線の踏切より
一体どれだけ多くの鉄道ファンがこの踏切を渡ったことでしょう。今や灌木が視界を遮り、鹿柵がファンの立ち入りを遮り、かつての原野をゆく列車の姿を撮影することは困難です。ドロ~ンが欲しくなります。
遠浅←沼ノ端 4487列車 DD51 1055
お立ち台はまだ健在です。「檄号」も健在です。
古い古い写真を見ると、線路の向こう側だけでなく手前にも保線関係の建物があったようです。
遠浅→沼ノ端 9476列車 DD51 510
お立ち台から降りて。
沼ノ端→植苗 1D 特急「おおぞら1号」
またお立ち台に上がって。
植苗→沼ノ端 22D 特急「北斗1号」
沼ノ端→遠浅 223列車 DD51 1145
沼ノ端→植苗 551列車 DD51 677
沼ノ端←遠浅 5562列車 DD51 634
沼ノ端←植苗 1230D
沼ノ端→植苗 1201D 急行「ちとせ2号」
沼ノ端←植苗 2762列車 DD51 593
「檄」は「激」と似た文字ですが、激しいという意味は全くありません。「檄文」にも激励みたいな意味など微塵もありませんが、今では誤用がまかり通って、そーゆーことになっています。「檄文」は「ボクはこう考えるからみんなも賛同してね」程度の「お知らせ」に過ぎません。
因みにJR四国以外のJR各社が好んで使う「鉃」には「鉄」の意味はありません。槍の先の「やじり」のことです。やじりの道って何でしょうね。やじりを水平に並べて線路にしているのでしょうか。
もっとも「鉄」の代わりに「鉃」を使った鉄道会社はJRが初めてではなく、過去には近鉄が何かの催し物で「鉃」を使って抗議の嵐を浴びたことがありますし、どこかの中小私鉄も使ったことがあるそうです。
JR発足前から「鉃」を指摘する声がありましたが、あくまでも「ロゴ」という扱いで沈静したようです。ですからロゴでもない別の書体や手書きで「北海道旅客鉃道株式会社」と書くのは100%間違いです。
上り千歳線の橋梁付近で撮りまくっています。今ならお縄ものです。
沼ノ端→遠浅 不明 DD51 681
沼ノ端←植苗 単1779 DD511136+DD511135
沼ノ端→遠浅 5797列車 DD51 1164
沼ノ端←遠浅 単5570列車 DD51 598
沼ノ端→植苗 729D
ここでY君が持っていたタムロンの100~200mmのズームを付けて撮影します。
沼ノ端←遠浅 1294列車 DD51 1167
80~250mmに比べて特にメリットはありませんでした。軽くはあるけれど、三脚使って撮る分には関係ありませんし。
遠浅←沼ノ端 225列車 DD51 1163
植苗→沼ノ端 726D
沼ノ端→植苗 4085列車 DD51
遠浅→沼ノ端 224列車 DD51 1168
沼ノ端→植苗 23D 特急「北斗1号」
室蘭本線と千歳線の貨物列車です。
遠浅→沼ノ端 5290列車 DD51、沼ノ端→植苗 5765列車 DD51 646
沼ノ端→植苗 5765列車 DD51 646
沼ノ端→植苗 3051列車 DD51 656 「動労号」
ここまでが午前の撮影。全ての列車を掲載したわけではありませんが、やはり本数の多さは半端ありません。特に室蘭本線は蒸機時代と列車そのものに変化はあまりないようで、DD51が次から次と列車を牽引してきます。
その2へ続きます。
昭和52(1977)年3月29日