ただいま鉄道写真スキャン中

昭和40年代中半の国鉄時代から、21世紀初頭のJR時代までの鉄道写真をご紹介。当時のことやら思い付いたことなどをとりとめなく記しました。

興津へGO!

とうとう、モノクロネガの最後になります。初めて蒸機列車を撮った昭和45年3月からの12年7か月に及ぶ、長いようで短い期間でした。そのフィナーレを飾ったのは興津駅付近での撮影です。

行きがけの駄賃です。
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草薙→清水 上り荷物列車 EF58 160
下手っぴ~。

興津へ来ました。駅から由比側の地点になります。どういう選定でここに来たもんだか。
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由比←興津 上り貨物 EF65 36
エライ場所で撮っていますが、当時はこんなんでも黙認されておりました。今なら運転士が眼を剥いて即、指令に通報だわな。

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由比←興津 10列車 特急「あさかぜ4号」 EF65 1116
下関「あさかぜ」の2、3号には食堂車は連結されていませんでしたが、博多「あさかぜ」の1、4号や他の多くのブルトレでも食堂車が営業していました。

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由比←興津 上り貨物列車 EF66 31
ガッツリ線路際。まごうことなき線路際。
EF66ブルトレを牽いたらカッコいいべな~と思っていた頃。

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由比→興津 下り普通列車 427Mか?111系
地方といえども、堂々の12両編成です。

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下り貨物列車 EF66 10
ひさしのない、スッキリ顔。空コンが多く、EF66には役不足か。

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由比←興津 8列車 特急「富士」 EF65 1106
最後尾の荷物車の顔が「あさかぜ」とは違います。

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由比←興津 4711M 急行「富士川1号」
東海道線内では、上下の列車番号が逆転する、身延線急行の「富士川」。
なんでか列車番号が「4718M」と誤って表示されてますが、これは「富士川8号」で甲府発静岡行きの列車になります。写真の列車は富士へ向かっており、そこから向きを変えて甲府を目指します。

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由比←興津 4列車 特急「はやぶさ」 EF65 1104
遅れてやってきました。定時なら「富士川1号」の前に通過します。カーブはいいけれども、ちゃんと編成が入る場所を選んでもらいたいものだわ。

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由比←興津 上り単機 DD13 227
どこかの駅の入換仕業のために単機で向かうところでしょうか。

ここでモノクロネガは終わり、この後コダクローム25に入れ替えて「みずほ」「さくら」まで撮影しました。
「顔ドカ~ン」と下りの編成撮影にはもってこいの場所でした。

昭和57(1982)年10月3日 由比~興津