ただいま鉄道写真スキャン中

昭和40年代中半の国鉄時代から、21世紀初頭のJR時代までの鉄道写真をご紹介。当時のことやら思い付いたことなどをとりとめなく記しました。

期限切れフィルムで札幌駅

期限切れフィルムなので本気撮影にはあまり使いたくないと思いつつも、さっさと使った方がよかんべと思い、滝川で撮影した勢いに乗り、札幌駅で消費することにしました。これなら失敗してもすぐに撮り直せるし。
メモ無しなので、説明は適当です。

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急行「かむい」
特急「いしかり」登場前は、札幌~旭川間の最もポピュラーな優等列車でした。でも車両はあくまでも近郊形。でもそれは形式分類上の話であって、利用する側からすれば十分急行列車にふさわしいものでした。

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特急「おおぞら」

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特急「おおとり」
「おおぞら」も「おおとり」も函館発着の長距離特急。青函連絡船に接続し、勿論、食堂車付きで旅の醍醐味を堪能できる列車でした。とはいえ私自身は全線を通して乗ったことはありませんけど。当時の特急列車は全車指定席で、今ほど気軽に乗れる列車ではありませんでした。

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下り普通列車が終点の札幌に到着。
50系51形客車登場まで、旧客による普通列車は、電車や気動車に混じってそれこそ普通に走っていました。出足のノロさは気動車以上で、でもそれが乗っていて気持ちが良かったです。通勤通学には迷惑だったかもしれませんが。

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キハ16連結の千歳線普通列車
キハ17系気動車(キハ12、キハ16、キハ17)もまだ健在で、札沼線函館本線にも入線しておりました。

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上り貨物列車 DD51 1057
DD51 1057は後に事故って、どちらかのボンネットを古い機関車のものに交換しています。そのため、ラジエターカバーの形状が前後で異なってしまいました。

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上り普通列車
ED76形式500番代の元祖とも言えるED75 501は、この頃には岩見沢以北で貨物列車しか牽いておらず、札幌で見かけるとすれば苗穂工場入りした時くらいでした。SG非搭載なので冬期間の客車運用には適さず、また、サイリスタ位相制御に伴う誘導障害のため、札幌圏での運用が禁止されていたのです。

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急行「大雪」「紋別」「はぼろ」の3階建て列車。
愛称サボを撮ったというか駅弁売りを撮ったというか女性客を撮ったというか。

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特急「北斗」
今では割と頻繁に走っている特急「北斗」「スーパー北斗」ですが、この当時は数往復だけの運転でした。急行「すずらん」やほかの特急列車も走っていましたから。

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先ほどのED76 501が切り離されています。
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この後、機回しされたものと思います。
機関車横の緑色の光点のようなものは、現像ミスか期限切れによる不具合でしょうか。

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あっちでもこっちでも客車列車が発着します。全列車で駅員さんが安全確認をしながら発車を見送ります。

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急行「さちかぜ
札幌~旭川間ノンストップの急行列車で、特急よりも速かった。
北海道初の電車特急には、この「さちかぜ」が愛称名になるとばかりにクハ481形式1500番代にはヘッドサインも用意されていましたが、実際には「いしかり」となりました。東京~長崎間の寝台特急にも使用されたことのある「さちかぜ」の愛称名は、その名に反して、幸薄い列車名のようです。北海道新幹線幌延伸の際に復活するか!?しないだろうなあ。

昭和50(1975)年7月17日 札幌駅

この時の撮影は多くが露出不足で、特に急行「大雪・紋別・はぼろ」は暗過ぎて何が写っているのか判然としないものでした。それでもデータ的にはそれなりに記録されていたようで、フォトショップでいじりまくって何とか写っているものが認識できるようになりました。
またすべてのコマで色の再現性は悪く、キハ80系の場合だとエンジ色が朱色になってしまい、特急色のしっとり感がありません。それが期限切れの影響によるものなのかフィルムの性能なのかは分かりません。
いずれにしてもタダで入手した4本のポジフィルムに魅力を感じることはなく、本格的に使用するようになるには更に2年を待たねばなりませんでした。