ただいま鉄道写真スキャン中

昭和40年代中半の国鉄時代から、21世紀初頭のJR時代までの鉄道写真をご紹介。当時のことやら思い付いたことなどをとりとめなく記しました。

勇払駅

日高本線にトマサホが入線するというので夜明け前に家を発ちましたが、いささか早過ぎたので、途中、まだ立ち寄ったことのなかった勇払駅を訪れました。雲が厚く垂れこめ、何とも陰鬱な朝なので、一瞬、廃駅かと思ってしまいました。

イメージ 1
駅前が広い空き地なので、侘しさを一層漂わせてポツンと建つ駅舎。ご覧の通り窓が塞がれ、廃駅ムードを発散させています。ストリートビューを見ると、2018年現在、この建物は健在のようです。

イメージ 2
かつては貨物を扱い、専用線が近所の製紙工場まで伸び、入換賑やかに、乗客も多く、さぞや賑わった時代もあったのでしょうね。

イメージ 3
駅裏の構内に入ります。珍しく柵がなく、どこからでも自由に出入りできます。かつてはこの立ち位置にも線路が敷き詰められていました。

イメージ 4
画面の右端にホームがあります。かつては何本かの線路を跨線橋で跨いで、ホームへ行き来していました。棒線となった今は、舗装道を歩いてホームへ出ます。

イメージ 5
どう見ても廃駅にしか見えませんが、現役の駅です。スキャン時に生じたものでしょう、駅名標の「ゆうふつ」の文字が、うっすらとダブって写っています。駅名のドッペルゲンガーです。

イメージ 6
改札を抜けて左手に折れると、跨線橋の階段があったようです。

イメージ 7
今はガランとした構内ですが、かつては線路が敷き詰められ、貨車が何両も留置されたり入換があったりしたのでしょうねえ。機関車はC11やC56だったのでしょうか。

イメージ 8
ホームを挟んで線路があり、列車交換ができました。ホームの幅の広さから、当時の利用客の多さが想像できます。石狩月形駅よりもずっと広いです。

イメージ 9
ホームから様似方面を向いて駅舎を臨みます。ホームの先に見える建築物は、地下道への入口の覆いです。位置的に考えて専用線がなくなった後に作られたもので、必要性を全く感じません。第四種踏切で十分に思えます。

イメージ 10
更に苫小牧方へ移動します。駅名標を入れて。

イメージ 11
屋根が残っていますが、待合室やベンチなどもあったのではないでしょうか。

イメージ 13
苫小牧方面を振り返ります。ホームは意外にも荒れることなく整っています。地元の人が手入れしているのでしょうか。

イメージ 12
ホーム端から苫小牧方面を臨みます。線路が屈曲しているのは、かつて線路が何本も分岐していた頃の名残なのでしょう。左側の空き地がヤード跡です。すっかり暗い気分に浸りきった後、気を取り直して撮影地の判官舘目指して車を走らせたのでした。

平成10(1998)年4月19日

TVや新聞では、にわかに夕張支線の廃止に関する報道が多くなりました。残り、今日を入れてあと三日ですからね。土曜、日曜には、ゆうばり映画祭の何倍もの人出で賑わうことでしょう。さよならの行先サボや、ヘッドマークも用意されるでしょうか。3両編成の列車も混雑を極めるのでしょうね。事故や事件が起こることなく、無事に幕を下ろすことを祈るばかりです。