ただいま鉄道写真スキャン中

昭和40年代中半の国鉄時代から、21世紀初頭のJR時代までの鉄道写真をご紹介。当時のことやら思い付いたことなどをとりとめなく記しました。

東鹿越駅で

東鹿越駅に到着です。乗車してきた2427Dを見送ります。
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11:31 2427D
「ぽっぽや号」とは雪の付着の仕方がまるで違います。2427Dは後に2429Dとなり、富良野までは単行で、富良野からは2両編成となって釧路を目指しますが、この当時はどうであったか。
因みにこの列車の前身と思われる列車が昭和36(1961)年10月の時刻表に見られ、函館発23:20発、釧路行きの419列車です。山線経由で札幌着が07:37、滝川発が09:54で、終点の釧路着は18:30。滝川~釧路間の所要時間は大きくは変わっていません。食堂車も寝台車もありませんが、1等車は連結されていました。急行「大雪」と「まりも」が、山線をC62重連で疾走していた時代です。

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12:01 快速「クリスタルエクスプレス」
滝川駅で撮影した列車を富良野で追い抜き、この駅で再び撮影です。ここで普通列車と列車交換をします。「クリスタル」の車内はかなり空いていた印象です。特急料金無しで乗れる特急用車両なのに。それだけ利用者が少ないということでしょうかね、富良野新得間は。

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側線には石灰石輸送のトキ25000が留置されています。釧網本線の中斜里へ向けての石灰石輸送ですが、翌年3月のダイヤ改正で廃止されることになります。毎日運転ではないので、その運転日を教えてもらいにこの駅にやって来たのでした。

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12:06 2434Dが到着すると、すぐに「クリスタル」は発車しました。

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14:46 2436D
まだ15時前だというのに、すっかり陽が傾きました。

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哀愁漂います。石灰石輸送貨物列車は当然、JR貨物が運転していますが、東鹿越駅の入換作業は、JR北海道の社員が行っていました。ここの駅員さんは富良野駅からの出張です。本輪西駅や萩野駅のように、JR貨物社員が入換と駅業務を行うのとは対照的でした。DD51重連による石北貨物の遠軽駅でのDD51機回しもJR北海道が行っていたと思います。

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15:46 2429D
陽が沈んで寒々としてきました。黄昏時には、かつて蒸機を追いかけていた高校生時代を思い出してしまいます。

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19:30頃 滝川駅 934Dと731系試運転列車
731系の試運転列車がおりました。遂に711系の牙城であった岩見沢以北にも、新型電車がまもなく進出のようです。でもロングシートで大丈夫かいな。
この日は土曜日だったので、一日散歩きっぷを利用しました。なので、特急には乗れません。滝川発、札幌行きの934Dに乗車し、終点までの2時間をゆったりと寝て過ごしましたとさ。

平成8(1996)年12月21日