この年のGWでは撮影を十分に楽しんだわけですが、最後の悪あがきのように、職場へ戻る途中に水郡線へ立ち寄り、蒸機列車「SL奥久慈号」を撮影しました。
札幌からは初めて「おおとり」で函館に向かいました。「おおとり」に乗車したのはこれが最初で最後だったかもしれません。なのに、車内アナウンスは録音してません。自分のばかばかばか~。
特急「おおとり」の函館到着は19:25、青函連絡船は函館出航19:40の24便、摩周丸でした。「おおとり」ではキハ82 81に乗車しましたが、メモに「アコモ車」と記しているので、腰掛はリクライニングシートに交換されていたのかもしれません。食堂車のキシ80 23では「かにめし定食」を、摩周丸では「海峡ラーメンみそ味」を堪能したようですが、記憶はゼロです。ビールを飲んで頭くらくらの状態で、キシ80の窓越しに見えた、駒ヶ岳の上に浮かぶ、まんまるお月さんの姿は感動的でありました。これだけは、はっきり覚えています。
そして青森。
23:59発 はくつる4号
東北本線経由の寝台特急「はくつる」は2往復設定されていましたが、「2号」と「3号」は季節臨でした。「はくつる4号」ではクハネ583-19に乗車。終点の上野までゆっくり眠れたらそれはそれで幸せだったでしょうけれど・・・
06:25 郡山駅
郡山で下車して「はくつる4号」を見送り、07:08発の水戸行き324Dに乗り換えました。キハ25 304に乗車しています。
09:41 上小川駅到着
幾分、古風な佇まいについ1枚。5万の地図であたりをつけてやってきました。
10:29 上小川←西金(さいがね) 329D
11:43~44 袋田←上小川駅 9321列車「SL奥久慈号」
職場へのお土産の入った紙袋を携えての撮影。あ~邪魔くさい。でもそこそこ満足の手応え。返しの撮影のために場所を移動します。
田園風景を求めたのは確かですが、なかなかいい場所が見つけられないうちにタイムアウトになったような気がします。
ちょっとは気分が晴れました。
さて、尻すぼみに終わった蒸機列車撮影ですが、この後、どうやって帰宅したのかはメモがないので分かりません。きっと水戸から常磐線に乗ったのでしょうけど。手元には8駅分を1枚に印刷した巨大な入場券があるのですが、どこの駅で買ったものなのかも定かではありません。
昭和60(1985)年5月4~5日
たびたび、り地域韓国への悪態をついている私ですが、それとは真逆の不思議人間が国内に生息していますね。そんな連中がこんな声明をネットに上げています。
完全に韓国目線です。北海道新聞に記事を載せている輩の名前もいくつかあります。香山、山口、鎌田、中島・・・。「寄せられた一言」を読むと、全て韓国側の言い分を全面支持するものばかり。キモ!声明文を読むと、論点を擦り替えたり「日本の市民」という妙な表現を使ったり(「市民団体」のキモさに連動)、そして反対意見がゼロという異常さには、やはり左巻きの連中は朝鮮民族と軌を一にする救いようのない人間モドキだと思う今日この頃。お薬出しましょうか。
北海道新聞の今日の朝刊の社説では、先の参議院選の投票率の低さを安倍政権のせいにしています。何かおかしくないか。じゃあ、かつてのフセイン政権時代のイラクのように、ほぼ100%が素晴らしいということになるのかな~。この調子でゆくと、地球温暖化や手足口病や文ヒサンの醜悪な面構えも安倍政権のせいにされそうです。
色々な考え方を自由に発言でき、それら清濁併せ持つ社会こそが人間らしい社会であって、今の日本はそれに近いものだと思うのですが、勘違い連中には善人だけが存在する社会こそが最良という考えしかないようです。あり得んべさ、人間である以上は。その一方で、り地域韓国の思想弾圧的な風潮には何も言及しません。韓国の事は韓国が解決するだろうと、変な期待感を込めてさじを投げています。おいおい、問題を引き起こしているのは、り地域韓国の方なのに、それを無視して国内批判とは随分と手前勝手なことで。お気楽でいいねえ。そういうのを「ひとりよがり」と言うのです。
日本は、り地域韓国を敵なんて呼んでいないし、単に無視しているだけ。り地域韓国がやるべきことを果たすまでは無視を貫いているだけで、むしろ、り地域韓国の方こそが日本を敵視しているだけです。そういうのも全部無視して、安倍が~と騒いでいるのが「声明」での呼びかけ人である大学教授や弁護士といった肩書だけは立派な連中。こういう人間モドキすらも、思想犯として捕らえられることもなく、ちゃんと生きていられる日本は、やはり素晴らしい国であると言わざるを得ません。