ただいま鉄道写真スキャン中

昭和40年代中半の国鉄時代から、21世紀初頭のJR時代までの鉄道写真をご紹介。当時のことやら思い付いたことなどをとりとめなく記しました。

C11 40とC11 41

田中 泰三様の画像につき、転載はご遠慮ください。

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昭和43(1968)年10月3日 福知山機関区

車歴は↓こちら。

C1140 機関車データベース (形式C11) - デゴイチよく走る!

23号機に似たスタイルで、除煙板上部の湾曲ステー、側水タンクの振動抑制アングルの他、正面ナンバープレートが低い位置あるのも共通です。

現在は福知山駅南口に保存されていますが、説明板の「篠山線を走っていた」といった記述は誤りではないかという指摘がなされています。説明板の記述ミスは珍しくはありませんが、それが訂正されないまま「真実」になっちゃうのは、どこかに国の捏造歴史みたいで気持ち悪いですね。

 

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昭和43(1968)年10月3日 鳥取機関区

車歴は↓こちら。

C1141 機関車データベース (形式C11) - デゴイチよく走る!

隣の番号なのに40号機とは雰囲気が異なり、ノーマルな姿に見えます。旋回窓はどこで装着されたものなのでしょう。北海道では標準装備品ですけど。

米子機関区に異動した際、倉吉線でSLさよなら列車を牽引。この時、除煙板に巨大なツバメ(らしい鳥)が描かれたことで有名。

現在は動輪だけが鹿児島県で保存されています。

C11 31とC11 36

田中 泰三様の画像につき、転載はご遠慮ください。

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昭和43(1968)年6月25日 小松島機関支区

車歴は↓こちら。

C1131 機関車データベース (形式C11) - デゴイチよく走る!

正面に形式入りナンバープレートが機関車の矜持を感じさせます。LP403で、ちと頭が重そうです。パイプ煙突は昭和初期に製造されたC53から採用されたもので、フロント部からランボードにかけての造形が曲面から傾斜した平面とされたのもC53以降のものです。

排障器の排障板が、本来のステーではなく、一体化した先輪のすぐ前に取り付けられています。なぜそんな面倒臭い事を。排障ステーの立場がないではありませんか。

 

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昭和46(1971)年2月19日 熊本機関区

車歴は↓こちら。

C1136 機関車データベース (形式C11) - デゴイチよく走る!

タンク機関車は、後ろに炭庫を備えているので、必然的に密閉式キャブになります。一般形テンダー機の密閉式キャブはC58から採用されましたが(C53やC55の流線形機関車も密閉式キャブだが特殊な構造)、九州地区では密閉式は「クソ暑い!」とばかりに出入り扉を撤去して半密閉にしたものも少なくありません。

8620形式や9600形式など、誕生した当時に真空ブレーキを採用していた機関車は、後に空気制動とした際に関連装置を搭載し、その形態が工場や機関区によってマチマチだったことで1輌ごとの個性が生まれることになりますが、最初から空気制動として誕生したD50以降の機関車では、ランボードや元空気ダメの位置・形状は統一されています。タンク機のC11ではランボード付近に元空気ダメ・配管を設置するスペースがないため、炭庫の下部に設置しています。

動輪直径は1520mmとされ、そこそこの高速運転(最速85km/h)が可能であり、後の万能機関車と謳われたC58も同じ径を採用しています。

69665と79608

田中 泰三様の画像につき、転載はご遠慮ください。

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昭和43(1968)年2月19日 熊本機関区

左側ステップの踏板、もう一段欲しいところです。

 

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昭和43(1968)年2月19日 熊本駅

車歴は↓こちら。

69665 機関車データベース (形式9600) - デゴイチよく走る!

 

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昭和43(1968)年2月19日 熊本駅

車歴は↓こちら。

79608 機関車データベース (形式9600) - デゴイチよく走る!

2輌とも化粧煙突を延長しています。通常の除煙板と門デフの違いこそあれ、側面の機器配置や炭水車はほぼ同様に見えます。前照灯はLP42とLP403の違いはあります。

79608のナンバープレートは、機番の下に「形式9600」と入りそうな微妙な空きが気になります。

68623と68649

田中 泰三様の画像につき、転載はご遠慮ください。

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昭和43(1968)年2月19日 鳥栖駅

車歴は↓こちら。

68623 機関車データベース (形式8620) - デゴイチよく走る!

炭水車の画像しかありません。珍しく後部標識灯は埋め込み式です。右側ステップ部には蒸気暖房管がぶら下がっています。入換ではなく本線仕業の機関車のようです。

炭水車のリベットの数が半端ないです。

 

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昭和43(1968)年2月19日  鳥栖機関区

車歴は↓こちら。

68649 機関車データベース (形式8620) - デゴイチよく走る!

大きな前照灯LP403、十字の煙室扉ハンドル、化粧煙突、リンゲルマン濃度計、リベットだらけの前端梁。

C11 12とC11 23

田中 泰三様の画像につき、転載はご遠慮ください。

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昭和43(1968)年3月31日 米子機関区

車歴は↓こちら。

C1112 機関車データベース (形式C11) - デゴイチよく走る!

 

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昭和43(1968)年10月3日 福知山機関区

車歴は↓こちら。

C1123 機関車データベース (形式C11) - デゴイチよく走る!

両機関車とも、除煙板の上部ステーは曲線を描くユニークな形状です。つらら切りの役目でもあったのでしょうか。ナンバープレートの位置は23号機が低めで、JR北海道の復活機171号機の現役時代と似ています。

缶胴の上には前から蒸気ドーム、砂箱ドームと並んでいます。この並びは一次型の23号機までで(奇しくもC10の輌数と同じ)、24号機以降は前後が逆転しています。蒸気ダメが前方にあると急ブレーキをかけた時や下り勾配の時に、ボイラー水が蒸気ダメに進水するおそれがあるからだとか。以降の蒸機は全てこの配置を踏襲しています。(一体形となったドームでは砂撒装置が前方にあるのはそのため。)

砂箱ドームを挟んで、前後に据えられたアーチ状のアングルは、高速運転時に発生する側水タンクの振動を抑制するためのものです。蒸機を構成する鉄材は熱によって収縮するため、全ての部材がガッチリ固定されているわけではありません。ボイラーは有火時には10mmほど伸びるので、ボイラーは台枠とは前部が固定されているだけで、後部は摺動する構造となっています。もし全固定されると接合部に内部応力が生じ、疲労破壊へとつながります。あの日航123便の圧力隔壁を思い出してしまいます。C11では運転室はボイラーに固定されていますが、側水タンクは缶胴とは接合されておらず、主台枠に固定されています。そのため側水タンクと運転室とは異なる振動を起こし、高速運転時にはそれが増幅されるという現象が起きてしまいました。アーチ状のアングルは外観的には褒められたものではありませんが、背に腹は代えられない現場の苦肉の策だったのかもしれません。

C11 7とC11 11

田中 泰三様とSAMPUKU爺様の画像につき、転載はご遠慮ください。

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昭和42(1967)年8月20日 原ノ町機関区

車歴は↓こちら。

C117 機関車データベース (形式C11) - デゴイチよく走る!

 

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昭和43(1968)年9月20日 鳥取機関区

 

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昭和43(1968)年10月03日 鳥取機関区

 車歴は↓こちら。

C1111 機関車データベース (形式C11) - デゴイチよく走る!

 

国鉄におけるタンク機関車はそれまで専ら輸入機関車かテンダー機関車からの改造車で賄ってきました。しかし昭和に入ると機関車の老朽化と増大する輸送量に対応するため、新型タンク機関車の製造に着手することとなり、そうして誕生したのがC10形式でした。性能的にはタンク機でありながらも8620形式やC50形式に匹敵する性能が要求され、新機軸を搭載し23輌が昭和5(1930)年に誕生。東京、大阪、名古屋、奈良、熊本などで試用されその実力が検証されました。そしてその改良形というべき機関車が昭和7(1932)年に誕生するのですが、これがC11形式でした。

大幅に溶接を取り入れることで重量を軽減し、軸重も12.9tから12.4tへと減少、地方線区での運用拡大に貢献しました。

C10に対して外観上もっとも異なるのは除煙板の採用でしょう。テンダー機のC54形式が正式に採用したのに続く2例目でした。(後にC10でも17号機がC56タイプの除煙板を装備しています。)そのC54は、不況下にあってわずか17輌しか製造されなかったのに対してC11は戦後まで増備が続けられ381輌(私鉄向けに更に18輌が製造された)の大所帯を築き、全国へ配置されて都市近郊からローカル輸送、そして入換にと大活躍することとなります。

48674と48696

田中 泰三様の画像につき、転載はご遠慮ください。

昭和46(1971)年2月18日 鹿児島機関区

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車歴は↓こちら。

48674 機関車データベース (形式8620) - デゴイチよく走る!

この画像しかないのですが、特徴らしいことと云えば、ローマン体・形式入りナンバープレートくらいしょうか。なおかつ、ボルト孔が中央寄りに4つ見えます。何のための孔なのでしょう。リンゲルマン濃度計の受け具が公式側にあるので、右運転台に改造された入換機だったのでしょう。車歴表によれば、炭水車は48696同様、C56用炭水車タイプだったようです。

 

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車歴は↓こちら。

48696 機関車データベース (形式8620) - デゴイチよく走る!

煙室扉がえらいゴツゴツしています。長年の風雨に晒された証でしょうか。パイプ煙突ながらも形式入りナンバープレートが貫禄を感じさせます。切り欠きのある炭水車は入換機の特徴でしょうね。その後面は梯子ではなく、ステップで昇降するようになっています。画像では分かり辛いですが、これも右運転台だったようです。

B20 10らと四重連を組んで、鹿児島~重富を走ったのも遠い記憶です。

福岡県大牟田市動物園内に保存されているそうですが、部品の多くをあそBOYの58654に移植したため欠品状態なのが残念です。レプリカでいいので、せめて正面のナンバープレートくらいは取り付けて欲しいですね。その保存写真をネットで見てみると、あれ?炭水車の構造が違います。振り替えたのでしょうかね。錆による劣化もかなり進んでおり、ここままでは解体という結末が待ち受けているように感じます。