ただいま鉄道写真スキャン中

昭和40年代中半の国鉄時代から、21世紀初頭のJR時代までの鉄道写真をご紹介。当時のことやら思い付いたことなどをとりとめなく記しました。

出張ついでに

富山への出張が金曜日にあり、それにかこつけて土日を撮影旅行にあてました。これで旅費は出張旅費で賄えます。

米原で新幹線から「加越」に乗り換え、当時、会社の規定で150km以上の乗車に許されていたグリーン車に乗り込みました。ガラッガラに空いていてほぼ貸し切り状態。赤字国鉄の現状を垣間見たようで一瞬だけ複雑な気分になりました。

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時間的に考えて、ここは米原駅で、乗車したのは10:30発のL特急「加越1号」と思われ。

 

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10:33発の長岡行き523列車でしょうか。DE10は牽引機ではなく入換をしただけかと。

 

富山に到着し、営業所に顔を出してから一緒にお役所で打ち合わせ。特に問題もなく1時間ほどで終了し、後は営業の方々と早々に一献を傾けました。雰囲気というか流れに乗って飲み慣れないお酒をしこたま呑み、予想通りに気分が悪くなってトイレに駆け込みゲロりんぱ。その時、営業の人からどういう話の流れからか「只管」という言葉を教えてもらったのが今でも印象深く残っています。

ホテルに案内してもらって荷物を置くや、いきなり鉄モードにスイッチが入り、背広姿にカメラを携えていざ富山駅へ。

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出張にかこつけての撮影旅行。当然、三脚も持参していますが、これはブレてます。

 

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富山着21:51、発車21:54、上野行の下り寝台特急「北陸」。長岡からは向きを変えて上り列車になりますが、列車番号は上野基準なので3002列車という上り扱いです。

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ここで渥美清さん演じる車掌さんが登場して美女に一目ぼれ。アルコールが残る脳みそでそんなシーンを連想したとかしないとか。

 

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21:58発の429D。夜行列車を除けば下り最終列車なので、車内はそこそこ賑やかです。

 

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22:15着、22:17発の「はくたか3号」。終点金沢到着は23:04。上野から6時間45分。

 

30分ほどでホテルへ戻り、まだ酔いの残る頭で、2時間ほどかけて翌日からの撮影計画を立てましたよ。善き哉善き哉。

 

昭和57(1982)年6月25日

155系狙い

なんかいいよね、155系電車。工夫されたインテリアの修学旅行専用電車として関東、京阪神の中学生には大いに喜ばれたそうです。黄色と赤の派手派手ツートン色と「ひので」「きぼう」という列車愛称名に懐かしさを覚える年配の方々も多いのではないでしょうか。新幹線の登場でお役目御免となった後は、通常の車内装備に改造され塗色も湘南色となって、臨時運用に活躍しました。屋根が極端に低いのは、中央本線などに存在する小さな断面のトンネルに対応するため。

 

根府川で撮影を堪能した翌日の日曜日、155系だけを撮るために夕方の

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17:20 草薙→静岡 12系臨時列車

ラッキ~。

 

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17:31 下り臨時列車

愛嬌ある顔。車体に「いいね」ボタンがあれば何度でも押したくなります。それにしてもこの場所、グーグルマップで見ると、モロ駅構内の中じゃん。東静岡駅の。でもこの当時はそんな状態ではなかった筈。静鉄の高架橋のこちら側には小さな踏切があるし(今は無い)。そして後ろの方にも踏切がありました。

 

昭和57(1982)年6月6日

 

そして何故か平日である火曜日にも撮影しています。ウィキで調べたら会社の創立記念日でした。そして毎度お馴染みの清水駅の南側。

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17:00 草薙→清水 上り貨物列車

元EF90 1。その異彩を放つ前面形状にふさわしいパワーを秘めた、国鉄最強の機関車です。これがブルトレを牽いてくれたらな~なんてことは、ファンなら誰しもが思ったことでしょう。そしてまさかこの3年後にそれが実現するなんて、もうビックリしましたよ。それにしてもナンバーが窮屈そうです。

 

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17:02 草薙←清水 東海3号

 

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17:06 上り荷物電車 クモユニ74が2連

列車種別の幕がないので、照明の蛍光管が剥き出し。

 

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17:19 上り貨物列車

901号機と比べると、運転台窓に庇がついて窓枠がスリムになっています。前部標識灯脇の手摺の形状も異なります。パンタグラフは、901号機が一足先に下枠交差型に交換されています。

 

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17:27 下り臨時列車

中間にはクハ164が。165系編成にクハ153を組み込むことは可能ですが、この場合、せっかくの抑速発電ブレーキが使えないという事態が発生するため、それを解消するために165系化されたクハ153がクハ164。全部で8両が改造されました。塗色は153系時代のままです。行き先サボには「団体専用」と表記されています。

 

昭和57(1982)年6月8日

玉川橋梁で

根府川の白糸川橋梁でたっぷり撮影した後、早川方面に移動しました。有名な玉川橋梁狙いです。定番の俯瞰撮影の後、ネガフィルムに入れ替えてからは線路際のかぶりつきです。橋梁で撮る意味まるで無しですけど。今は柵が張ってあるようですが、この当時は線路近くまで立入ることができました。

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14:44 早川→根府川 2033列車

黄緑色に染まったコマで、補正しても↑この程度です。実際は↓こんな感じ。

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黄色く染まって、何か臭ってきそうです。

 

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14:45 早川←根府川 踊り子14号

 

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14:57 お座敷列車・785M(沼津行き)

お座敷列車は、鉄道雑誌で臨時運転情報でも入手していたのでしょうか。

 

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15:01 下り貨物列車

DF200でもそうですが、貨物用機関車は、とにかくスカート回りがスッキリしています。

 

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15:05 熱海←小田原 こだま259号

山側では新幹線が頻繁に通過してゆきますが、東海道本線にばかり気を取られ、なかなか機会を捉えられずに、撮れたのはこの1枚だけ。

 

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15:07 8527M

以前のブログでも紹介した167系の臨時列車。伊豆急下田行き。

 

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15:11 下り貨物列車

 

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15:19 38列車

 

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15:28 524M(伊東発)

 

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15:31 上り貨物列車

貴重な旧型電機による貨物列車。旧型電機は、デッキの手摺でナンバーが隠れて読めなくなることがあります。

 

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15:43 踊り子17号

東海道本線を走る貴重な特急列車ですが、183系、189系485系、489系と、似た姿の特急列車は、北海道と四国を除く全国で走っていたので、あまり有難みはありませんでした。

 

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15:44 踊り子16号

列車番号の6036Mが示す通り、季節列車なので毎日走っているわけではありません。

 

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15:46 東海3号

途中、国府津駅では「ごてんば3号」を切り離してきました。

 

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15:53 下り貨物列車

黄緑色の金網で囲ったチップ輸送のトラ90000形式は、比較的どこでも見られました。札沼線でも見た記憶があります。

 

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15:57 上り貨物列車

 

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16:10 下り臨時列車

団臨です。実はこの日のメインはこの155系でした。屋根のつぶれた感じが好きで、どうしても正面狙いが止められません。通風器は、グロベンと押込式の車両が混在しています。トンネル口に顔を出しているのは153系でしょうか。

 

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16:12 上り荷物電車

 

これで撮影を終えて、早川駅から帰宅しました。顔狙いばかりというのも考え物で、編成が分からないというのは記録性に難があります。こういう場合、ビデオだと列車の通過シーンを全部記録してくれるので、ちっとはいいかな、なんて思ったりして。

 

昭和57(1982)年6月5日

根府川駅外れで

根府川ではいつも白糸川橋梁でばかり撮影していますが、この時も勿論そうです。特にこの時は、面倒臭さに一層磨きがかかったのか、駅の外れで撮影しています。

まずは出発の清水駅で。

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07:09 上り貨物列車

冷蔵車の貨物列車のようです。鮮魚を載せたレサ10000でしょうか。

 

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07:16 上り貨物列車

 

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09:31 根府川←真鶴 踊り子2号

正直、この場所へはどうやってきたのか、さっぱり覚えていません。

 

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09:46 794M

沼津始発です。

 

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09:50 真鶴→根府川 みずほ

橋梁の下を潜って移動したのでしょうね。線路横断は、柵があるので困難でしたし。

右奥には新幹線の防音壁と架線柱が見えます。

 

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09:59 上り貨物列車

 

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10:13 さくら

遠くに「踊り子3号」の姿が見えます。

 

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10:34 踊り子4号

 

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10:36 東海2号

静岡始発の急行列車ですが、国府津からは御殿場発の急行「ごてんば2号」を併結します。グリーン車は自由席でした。

 

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10:41 下り工臨

レール輸送列車がやってきました。レールは載っていませんけど。

 

ここでフィルムが終わったので、ポジに入れ替えました。なんか、毎度のこととはいえ、しけた写真と記事ですみません。

 

昭和57(1982)年6月5日

再び上野へ その2

前回の続きになります。キャプションはエエ加減です。

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走り去ってゆくように見えますが、実はこちらに向かっているところ。上野駅に到着です。気の早い運転士が後部標識灯だけ点灯させています。

 

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風雪に耐えた先頭部。ネガフィルム劣化による色ムラではありません。貫通扉を開くと、特急シンボルマークは真っ二つに割れます。現物を見たことはないけど。

 

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夜行急行列車が到着。何だかんだ言っても、やはりEF58は美男子です。

 

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L特急「ひたち」でしょうか。電動車のみ存在した483系のトップナンバーがおりました。東海道新幹線0系製造のために後回しにされた481系電車は予定より3か月近く遅れて、昭和39(1964)年12月25日に北陸特急の「雷鳥」「しらさぎ」でデビュー。181系と識別するために真っ赤なスカートをはいていました。翌年10月1日には、東北向け50Hz対応の483系が「やまびこ」「ひばり」でデビューしました。制御車、付随車、食堂車は481系のままでしたが、クハ481のスカートはクリーム色となりました。更にその3年後の昭和43(1968)年には、50Hz・60Hz対応とした485系が登場し、北海道にも昭和50(1975)年7月に「いしかり」として1500番代が投入され、非電化だった四国を除く全国各地で485系は大活躍するのでした。

それにしても末尾「3」というのは、473系にしても163系にしても713系にしても、なんか中途半端な存在が多いような気がします。73系、103系113系、153系、583系、733系はメジャーやろ!という声が聞こえてきそうです。

 

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ピッカピッカの山形行き「やまばと」。

 

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意外にも、「ひたち」の先頭車はボンネット車の運用が多く、非貫通車の方が少なかったです。(貫通扉付きは見たことがありません。)

 

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何や知らんけどEF80です。日本初の本線用交直流機関車。

 

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「ひたち」から「ひばり」へ。ヘッドマークを交換するのもゆるくありません。でも、見る分には断然こちらの方がありがたい。

 

この後、もう生録にも撮影にも飽きてしまったのか、何故か松戸駅のホームにいます。偶然にも荷物気動車が停まっておりました。いつ発車するかも分からないので、対向ホームに移動するのは止めておきます。

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キニ56はキハ55から4両が改造されたもの。3号だけがバス窓の初期車キハ55 14からの改造でした。

 

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キニ55はキハ51からの改造車で、やはり4両が存在しました。1号はキハ51 2を改造。

常磐線を走る荷物列車は、直流・交流の両区間を跨いで走るために電車ならば交直流車が必要になりますが、交直流車にはまだ余剰車がないために高価な荷物電車を新製するしかありません。しかし余剰の気動車を改造して使えば安くあがるじゃんということで、荷物気動車の誕生です。ただし、電車が頻繁に走る常磐線ですから、気動車もそれなりに速く走ってもらわないと困ります。ということで、2個エンジンを搭載したハイパワーのキハ51、キハ55が流用されたという次第です。

偶然とはいえ、荷物気動車と出会えたのは気紛れのお陰です。

 

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房総急行は、少し前までは153系の天下でしたが、この時はすでに165系に変わっていました。どこの駅でしょうか。

 

6月23日に東北新幹線上越新幹線に先んじて暫定開業を果たします。これにより盛岡特急の「やまびこ」が廃止され、また他の東北特急も一部減便となりました。それでもまだ上野駅は、夜行列車や特急列車で華やかで賑わいある様相を呈していました。

 

昭和57(1982)年5月29日

再び上野へ その1

録音機を携えて、再び大垣夜行に乗車して東京へ。録音をする傍ら、いつもながらの撮影もしますが、マジでデータを撮っていないので、今回もキャプションはいい加減です。すんません。

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12系客車は貫通扉を開けて、推進運転により尾久客車区へ引き上げます。デッキにはポータブルのブレーキ装置を乗せ、運転士が前方を確認して(最後尾の機関車に機関士が乗務し運転しています。前の運転士とは無線でやりとり。)非常時にはこのブレーキをかけます。確認はしていませんが、夜間の推進運転では、前部標識灯を用意すると思います。だって列車だもの。

 

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朝の特急列車が、各ホームから次々と発車します。

 

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秋田からの「あけぼの」が到着。左も先に到着した「あけぼの」。高架ホームには常磐線103系が停車中。

 

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「北陸」かも。山の機関車。

 

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169系試作車。量産車との区別がつきません。

 

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トップナンバー。修学旅行でしょうか。私も高校の修学旅行では、583系ゆうづる」に乗車しました。

 

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夜行急行。上野に顔を出す、数少ないEF62牽引列車でした。3軸台車くらいちゃんと撮っておけよな。

 

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東北特急の双璧「はつかり」と「ひばり」。それぞれ6往復と14往復で、他に「やまびこ」4往復に「やまばと」と「つばさ」が3往復ずつ。上野~福島間には頻繁にL特急が疾走していました。

 

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ゆうづる」かも。EF80は数を減らし、EF81が勢力を拡大している時期でした。

 

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夜行急行。

 

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イラストなしの、いにしえの文字だけヘッドマーク

 

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交直流電車と直流電車が同居しています。

 

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モハ415-1

発車した415系を見ていたらトップナンバーが目に入り、思わずシャッターを切ってしまいました。3号までは非冷房の非サッシ窓で登場し、後に4号以降と同様に冷房化され、またこの写真撮影以降にサッシ窓化されます。

 

この続きは次回へ。

 

昭和57(1982)年5月29日(おお、38年前の今日じゃん)

鶯谷へ

東北新幹線の暫定開業まであと一か月に迫ったこともあり、賑わいある上野駅の様子を今のうちに少しでも記録しておこうと、夜中、大垣夜行で東京へ向かいました。まだ薄暗い東京駅に到着する直前、ふと不安に駆られ、バッグの中をまさぐり、録音機を持ってきていないことに気付きました。今回のメインは駅アナウンスの生録だったのに。また来週来ねば・・・。

まあ、取り敢えずは降りるべ。

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東京駅

中央線乗り場に101系の試作車、モハ100-801を発見。もっと写真に撮っておきたい気もしますが、ちゃんと撮れなさそうなので、これ1枚だけで終了。早速へたれ。

 

上野駅です。

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いつもと同じパターン。でも何で夜行列車を撮っていない???

駅を出ます。一度、来てみたかった場所へ。

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駅、北側の跨線橋から。ほぼ全てのホームが電車で埋まっています。すげえ・・・

蒸気機関車の頃からここの場所は有名だった・・・というのは随分後になってから知りました。

ついでなので、鶯谷まで行ってみました。

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上野~鶯谷

次から次と列車がやってきて休む暇もありません。メモを取っていないのは単に面倒臭かったから。撮影した半分ほどだけアップしました。

1時間ほどで退散したようですが、その後の記憶はまるでありません。どこかに買い物へ行ってしまったのかも。

 

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国府津駅

全く記憶にありませんが、電車を乗り継いで清水へ帰る途中だったのでしょう。

それにしても、昼前から夕方まで、本当に一体何をしていたんだろ。メモはマメに取らないといけませんね。

 

昭和57(1982)年5月22日