ただいま鉄道写真スキャン中

昭和40年代中半の国鉄時代から、21世紀初頭のJR時代までの鉄道写真をご紹介。当時のことやら思い付いたことなどをとりとめなく記しました。

C58 148

田中 泰三様と江別の鐵様の画像につき、転載はご遠慮ください。

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昭和47(1972)年6月13日 五稜郭機関区

 

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昭和48(1973)年3月31日 函館駅

車歴は↓こちら。

C58148 機関車データベース (形式C58) - デゴイチよく走る!

それまで山口、山陰、四国と渡り歩いて、昭和40年代になってから北海道にやってきた機関車のようです。渡道前の姿をどこかに偲べないだろうかと画像をじっくり見ましたが、さっぱり分かりませんでした。五稜郭区時代には江差線松前線で客貨に運用されていました。

炭水車では後面の梯子状のステップ、少し奥まった位置で大きな庇付きの前照灯くらいしか特徴が見出せません。

機関車前面では、SG管の吐出口が見えるくらいでしょうか。九州のC57のように前端梁の下に沿わさずに、先台車カバーの中を通しています。非公式側側面をどのように通していたのかは、ネット上に上がっている画像を参照して下さい。集煙装置を載せていた四国時代の画像も見つかります。

C58 144とC58 145

田中 泰三様の画像につき、転載はご遠慮ください。

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昭和47(1972)年8月22日 厚狭機関区

車歴は↓こちら。

C58144 機関車データベース (形式C58) - デゴイチよく走る!

配属は宇部小野田線管理所宇部港中駐泊所。機関区でもない運転区でもない、何ともスッキリしない部署名ではありますが、もともとは厚狭機関区の分庫だった模様。この部署はその後も幾たびも組織変更されるに伴い名称を変え、現在は山口地域鉄道部になっているそうな。JR西日本って組織替え、多くない?

この当時、ここには5輌のC58が在籍し、宇部線の支線である2.2kmの貨物線(居能~宇部港間)の貨物運用ならびに入換に従事していたのではないでしょうか。この貨物支線は「日本鉄道旅行地図帳 中国四国編」を見ても、その変遷は複雑でなかなか理解できません。

煙室扉回りの向かって左側の手摺が、少し転んだ位置にあるのが珍しいでしょうか。

 

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昭和45(1970)年7月1日 小山機関区?

車歴は↓こちら。

C58145 機関車データベース (形式C58) - デゴイチよく走る!

小山機関区というとC50のイメージが勝手に強いのですが、昭和40年代初め頃にはC58がC50の倍以上もの輌数を占め、水戸線両毛線の運用にあたっていました。

昭和43(1968)年9月1日に両毛線が電化されたことで蒸機は激減し、数輌のC50が入換用に残るだけとなりましたが、その運用もこの画像が撮影された前日に終了しています。145号機はまさに両毛線電化に伴い余剰となって新小岩機関区へ異動しているので、この日に小山機関区に居るのは何とも不自然なのですが・・・。

珍しくエプロンがありません。

それにしても気になるのが、除煙板に付いている手摺です。外側と内側にそれぞれ付いていますが、除煙板をちょっと切り詰めて、手摺を前方に張り出すように1本だけ付ければ済むのではないかと思います。設計通りでも大した手間ではないのかもしれませんが、模型屋さんには手間のかかる部分でしょうね。

C58 143

田中 泰三様の画像につき、転載はご遠慮ください。

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昭和43(1968)年6月25日 高松機関区

 

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昭和43(1968)年6月25日 讃岐津田駅

車歴は↓こちら。

C58143 機関車データベース (形式C58) - デゴイチよく走る!

 

重油タンクに集煙装置を搭載しての出で立ち。一時的にD51が配置されていたものの、本線運用のメインはC58でしたから、この重装備は頼もしい姿であったことでしょう。とはいえ、すでにこの10年前からDF91(←DF40)やDF50が投入されており無煙化は着実に進行中でした。因みに試作機関車であるDF40が投入前される前には、北陸本線で活躍していたDD50 4が試験的に運用に就いたそうですが、軸重が重い割にはあまりに非力で(なので、北陸本線では重連で運用されるケースが多かった)、ホンの一時的なもので終わったそうです。

143号機は既出の121号機同様に、キャブ前窓が幾分飛び出しており、また明り取り用の丸窓がありません。

右側ランボードを給水ポンプのところでも連続させているのは、四国の機関車によくみられる特徴です。(他区の機関車でも見られますが。) 

C58 142

田中 泰三様の画像につき、転載はご遠慮ください。

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昭和43(1968)年10月4日 美濃太田機関区

車歴は↓こちら。

C58142 機関車データベース (形式C58) - デゴイチよく走る!

休車なのか、主連棒が外され、炭水車には石炭が見えません。

モノクロですが、赤ナンバーです。

独特な形状のタブレットキャッチャー。

炭水車後部のステップが設計とは逆の右側にあります。

運用票差しの札には「美濃太田機関区」と「高山機関区」の文字が確認できますが、内容は分かりません。

キャブの前後の妻板とも、丸い明り取り窓はありません。

除煙板の前側の上ステーの形状一直線ではなく、折れています。

前照灯は前がLP405で後ろはLP42。

長野運転所に異動してから除煙板が外され、入換専用機となりましたが、ナンバーは赤のままでした。そして2年もしないうちに廃車となりました。

C58 140

田中 泰三様の画像につき、転載はご遠慮ください。

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昭和48(1973)年8月22日 七尾駅・七尾機関区

車歴は↓こちら。

C58140 機関車データベース (形式C58) - デゴイチよく走る!

「ふるさと列車おくのと号」は昭和45(1970)年10月から昭和48(1973)年9月まで金沢~珠洲間で運転されたSLお座敷列車で、金沢~七尾間はC58が、七尾~珠洲間はC11の牽引でした。運転開始当初はオハ60系でしたが、昭和46(1971)年からはスロフ53 2025+オハ35 2870+オハ35 2019+オハフ33 2092に編成替えを行っています。(鉄P 2004年8月号 No.750のP25の車番は一部誤り。)このうちスロフ53はお座敷車で、他の3輌も内装に趣向を凝らしたものでした。 ジョイフルトレインのはしりでしょうか。

この列車の写真をググると140号機ばかりなので、なんでかなと思っていたら、専用機関車だったんですね。キャブ横の運用票に9412、9411とあるのが列車番号で、202は運用番号でしょうか。赤いナンバープレートが特別感を醸し出していたようです。

C58 132とC58 139

田中 泰三様と江別の鐵様の画像につき、転載はご遠慮ください。

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昭和43(1968)年6月2日 七尾機関区

132号機の車歴は↓こちら。

C58132 機関車データベース (形式C58) - デゴイチよく走る!

140号機と325号機は別の記事で触れる予定です。

一見、同じように見えても細部には微妙な違いが確認できます。

前照灯ですが、前はシールドビームでも、後ろはそうでないケースが結構多かったように思います。

 

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昭和49(1974)年7月 緋牛内駅

 

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昭和49(1974)年12月 網走駅

 

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昭和50(1975)年3月 女満別~呼人

 

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昭和50(1975)年4月 北見機関区

車歴は↓こちら。

C58139 機関車データベース (形式C58) - デゴイチよく走る!

晩年の釧路区時代には釧網本線で、最後の北見区時代には石北本線で活躍しました。万能機関車の名に恥じない、客車・貨物の牽引に勤しんでおりました。

切り詰め除煙板とつらら切り、そしてフロント部両側のコの字形手摺。除煙板の上部前ステーの形状が独特です。除煙板にはフック掛けの穴が三つも。

ドーム前の手摺は大きめ。

後部標識灯は付いていませんが、その支持金具も独特の形です。

C58 128とC58 129

田中 泰三様とSAMPUKU爺様の画像につき、転載はご遠慮ください。

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昭和42(1967)年8月19日 青森機関区か?

車歴は↓こちら。

C58128 機関車データベース (形式C58) - デゴイチよく走る!

尻内管理所時代のようです。尻内は現在の八戸。

青森区にC58の配置はなく、また青森までの運用も見当たらないので(三沢~一戸間の運用だった模様)、画像の場所は青森機関区ではなく尻内管理所かもしれません。

これといって気にかかるほどの外観的特徴は見つかりません。宮古区時代には集煙装置を載せていたようではあります。

 

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昭和43(1968)年11月14日 金沢運転所

車歴は↓こちら。

C58129 機関車データベース (形式C58) - デゴイチよく走る!

七尾機関区所属機。雨の中での撮影のようです。七尾線お座敷列車、急行「ふるさと列車おくのと号」が運転を始める前で、七尾より南側、金沢までの運用でした。煙室扉回りの手摺が、気持ち程度のものになっています。