matuno kuraが撮影した画像ではないので、転載はご遠慮下さい。
昭和41(1966)年9月21日 岡山機関区
炭水車の前照灯は固定設置されずに、必要に応じて取り付けられていた時代でしょうか。左側のステップ支持板の折れ方が非常に緩やかです。後部標識灯の反射板に時代を感じます。
昭和42(1967)年5月19日 岡山機関区
集煙装置を搭載する前の姿。
左右で除煙板の構造が異なります。非公式側のものは縁がリブで補強されており、上部に折れはありません。戦時設計に関係したものでしょうか。バイパス弁点検口はまだ明けられていません。外観も綺麗で、検査出場間もない頃なのでしょうか。前照灯のLP403やエプロンを除けば、原型に近い姿なのかもしれません。
同じ鷹取工場製なのに、モーションプレートの前方孔は836号機が円形2個だったのに対して837号機ではなすび形。同じ製造ロットでもこんな違いがあるんですね。
新見区時代には伯備線の三重連で活躍し、その勇姿が記録されているようです。
引退後は飯田線の駒ヶ根駅のある駒ヶ根市で保存されています。定期的に塗装などの整備は実施されているようですが、部品欠損(破損、盗難)がかなりあるようです。D51とは全く縁のない土地ながら、有志らによって保存されただけに、ちょっと中途半端な対応に残念な気もします。
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