ただいま鉄道写真スキャン中

昭和40年代中半の国鉄時代から、21世紀初頭のJR時代までの鉄道写真をご紹介。当時のことやら思い付いたことなどをとりとめなく記しました。

D51 1017

田中 泰三様とSAMPUKU爺様の画像につき、転載はご遠慮下さい。

昭和41(1966)年8月11日 五稜郭機関区

天候によるものなのか、はたまたただよう煙によるものなのか、いささか視界が霞んでいます。ディテールが見えないのはストレスが溜まります。

戦時型特有の変形除煙板です。上部に折り曲げは無く、縁はアングルで補強されているように見えます。

先輪はディスクタイプに交換。

長野区時代の名残でしょうか、ドーム後方にA型重油タンクが載っています。長工式集煙装置は当然、撤去済。

キャブの密閉化はこの画像では分かりにくいのですが、未施工のように見えます。

それ以前には四国に在籍したことのある13輌のD51のうちの1輌。まず昭和24(1949)年に1017、1018、1067、1079、1080、1110、1125、1126、1127、1129、1160号機の戦時型11輌が、土讃線の貨物用として高知区に配属。更に昭和28(1953)年には標準型493、637号機の2輌が追加配備されました。ただし1160号機は高知区配属から1年もしないで新得区へ転属したので、実質12輌のD51が、昭和35(1960)年頃まで活躍していました。四国在籍機のうち、北海道でも馴染みのナンバーが幾つかありますね。

 

昭和47(1972)年6月18日 鷲別機関区

切り詰めされた除煙板ですが、切断した部分はアングルによる縁補強はされておらず、元の構造とうまく擦り合わせています。

シリンダ覆いですが、上部の分割数が多めです。

前端梁の断面が台形状ですが、これは三菱製の準戦時型(896号機以降)から見られるもので、一部の例外を除き、三菱製の特徴と云えるでしょうか。

車歴は↓こちら。

http://d51498.com/db/D51/D511017