ただいま鉄道写真スキャン中

昭和40年代中半の国鉄時代から、21世紀初頭のJR時代までの鉄道写真をご紹介。当時のことやら思い付いたことなどをとりとめなく記しました。

D60 31

田中 泰三様とSAMPUKU爺様と’撮り人不明’様の画像につき、転載はご遠慮ください。

D60 31は元D50 302

D50 302の車歴は↓こちら。D50 302は旧機番無し。

http://d51498.com/db/D50/D50302

昭和43(1968)年2月 直方機関区

雪景色の九州。なかなかの積もり具合です。雪の反射のお陰でしょうか、足回りがくっきりと描写されています。

除煙板の形状が特徴的で、前端上部が斜めにカットされており、また手摺はフロントデッキに独立しています。上部ステーは前後とも大きく立ち上がっています。

前端梁は27号機同様、端部の切り欠きを嫌ってか、斜め切りが深くなっています。

 

昭和45(1970)年9月1日 鳥栖機関区

遠くにはED75-700やED73-1000の姿があります。鹿児島本線は電化区間を広げていますが、非電化である筑豊本線無煙化されるのはこの4年後になります。

リンゲルマン濃度計が転んでいます。ま、見えればいいので。

煙室戸蝶番の腕が、なんか水平に見えないんですけど。気のせいでしょうか。

前端梁の両端には穴を塞いだような丸い跡が見えます。D50時代に後部標識灯が埋め込まれていたのでしょうか。

 

昭和46(1971)年2月7日 行橋駅

運転席からキャブ前窓までなんと離れていることでしょう。前窓の大きさは高が知れているので、前方の見通しの悪さは想像に難くありません。

タービン発電機の陰になっていますが、安全弁と汽笛の位置関係がよく分かります。

D51などとは違い、空気圧縮機や給水ポンプはランボードを貫通する格好になっているので、繰り出し管の位置と相まって煩雑感が拭えません。そこが旧式機関車の魅力でもあるのでしょうけど。

車歴は↓こちら。

http://d51498.com/db/D60/D6031