ただいま鉄道写真スキャン中

昭和40年代中半の国鉄時代から、21世紀初頭のJR時代までの鉄道写真をご紹介。当時のことやら思い付いたことなどをとりとめなく記しました。

有珠山噴火の影響

平成12(2000)年3月31日に有珠山噴火。その予兆を受けて室蘭本線は不通となり、山線での迂回運転が開始されました。

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3月26日 倶知安駅
「SLニセコ号」の試運転初日。まだC11 207やJR東日本の旧客は未整備で、「SLすずらん号」編成で4月に本運転が実施される予定でした。

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3月30日 張碓銭函 試運転最終日
前日に有珠山噴火のおそれありとのニュースが流れ、「SLニセコ号」の試運転があるのかどうか分からないまま張碓海岸で列車を待ちました。荒れた天気の中、試運転列車は来る気配もなく、それでもせっかく来たのだからとしばし撮影します。こういう天気の中での撮影は、そうそうやる気になるものではありません。
15分ほど経った頃、吹雪の中にキハ281系の姿が霞んで見えました。慌ててビデオカメラのスイッチを入れて撮影を始めますが、強風に煽られて画面はブレブレです。レンズには雪が着くし寒いし、文字通り歯を食いしばって列車を追います。
もしかして迂回運転が始まったか?「北斗星」も来るのでは?と思い、更に待つこと45分。予感は的中し「北斗星1号」とおぼしき列車も通過してゆきました。結局、体力と気力の限界から1時間半粘って撮影を続けましたが、迂回列車はこの2本でした。

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4月4日 ニセコ駅通過
4月に入ると臨時列車の、函館、札幌での着発時刻が報道されるようになり、その情報をもとに撮影に繰り出しました。喜んではいけない事態とは理解していても、山線に優等列車や貨物列車が走る現実をスルーするほど醒めた気持ちには到底なれるわけもなく、何度も撮影に出かけました。

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同日の「北斗星1号」

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同日 北斗61号

6月8日早朝、札幌貨物ターミナル駅到着の貨物列車で迂回運転は終了しましたが、線路容量を増やすために目名駅に設けられた交換設備は、結局は使われることはありませんでした。

室蘭本線の全通復旧に伴い迂回運転は終了しましたが、万が一の有珠山噴火への対応策として、寝台特急と「はまなす」そして貨物列車には最後尾に機関車を連結し、それ以外の列車には最後尾の運転台に運転士を乗務させて、迅速な後退運転ができるような態勢を取りました。幸い、それから噴火は沈静化し、7月26日の自衛隊機材輸送の時には完全な平常運転に戻っておりました。