ただいま鉄道写真スキャン中

昭和40年代中半の国鉄時代から、21世紀初頭のJR時代までの鉄道写真をご紹介。当時のことやら思い付いたことなどをとりとめなく記しました。

C57 101

田中 泰三様の画像につき、転載はご遠慮ください。

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昭和47(1972)年8月27日 浜田機関区

車歴は↓こちら。

C57101 機関車データベース (形式C57) - デゴイチよく走る!

前回の96号機と同じく顔だけ画像で失礼します。でも96号機と違って、101号機の画像はそこそこネットにアップされています。で、それらを拝見すると、やはり集煙装置を搭載し、重油タンクまで背負っています。スマートで軽快な印象のC57にこんな重装備は似合わないというファンもいますが、私は重装備で山登りをする新庄ビッグボスをイメージしてカッコいいと思います。新庄ビッグボスが山登りをするかどうかは知らんけど。重油タンクを背負った機関車は北海道にもいましたが、集煙装置を付けた機関車なんて北海道にいたのでしょうか。

キャブ前窓の庇は長~いタイプ。重い雪の北陸なんかでこんなことやったら、庇は重みでお辞儀してしまいそうです。

 

撮影したこの日はD51やC56らと共に四重連を組んで客車を牽き、沿線のファンを大いに沸かせたようです。

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昭和47(1972)年8月27日 浜田機関区

D51 1+C56 108+C57 101+D51 674

D51 1の梅小路入りが決まり、別れを惜しんでの特別四重連とのこと。列車は定期。

 

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昭和47(1972)年8月27日 荒島駅か C56の次位がC57 101

何とも大仰な編成だこと。ちょっとやり過ぎな感じがしなくもありません。世が世なら、グレタちゃん発狂事項です。

画像は江別の鐵様が探してくれました。お手数をおかけしました。これからもよろしくね。