ただいま鉄道写真スキャン中

昭和40年代中半の国鉄時代から、21世紀初頭のJR時代までの鉄道写真をご紹介。当時のことやら思い付いたことなどをとりとめなく記しました。

D51 903

田中 泰三様と河村義朗様とSAMPUKU爺様の画像につき、転載はご遠慮下さい。

昭和43(1968)年6月10日 稲沢第一機関区

画像では確認できませんが、かまぼこドームです。

車歴表にある「D51821と交換」とあるのは、メカニカルストーカーを搭載した名古屋機関区所属の821号機を水戸機関区へ送り、それと交換に原ノ町機関区所属の903号機が名古屋区へ転属したということです。低カロリーの常磐炭を使っていた常磐線D51には、ストーカーが必須とされたことによる措置です。他区の機関車にストーカーを装備せずに、水戸区所属機に直接ストーカーを装備すればいいじゃんと思ってしまいますが、工期短縮を図るためにこのような面倒臭いことをやったそうです。

それにしても、水戸区への821号機と原ノ町区からの903号機では「交換」にならんじゃろ、というご指摘がありそうですが、「鉄道ピクトリアル2022年8月第1001号」の記事を読むと、903号機は水戸区所属という表現になっており、この辺りの真相はどうなのでしょうね。

 

昭和44(1969)年2月21日 稲沢第一機関区

準戦時型の面影が失せた正面ですが、除煙板上部ステーには丸棒ではなくフラットバーを使用しています。番号板は「9」だけが何か力強いです。

サイドステップの上踏段とランボードスロープの踏段は三角リブで補強されています。

 

昭和46(1971)年4月25日 上松

中津川機関区へ異動して間もなくの頃のようですが、すっかり長野工場担当機らしい姿に改装されています。長工式集煙装置、エプロン、カバー付き給水ポンプ。キャブ内換気装置の有無はちょっと分かりません。

気動車2輌を併結しての列車ですが、この当時、上松を走る普通列車はほとんどが客車列車であり、気動車列車は急行・特急を除くとホンの数本しかありません。なので、送り込みの回送なのだと思うのですが、時刻表ではその辺り、何とも読み取れません。「SL銀河号」のように、気動車がSL列車を推進しているわけではありません。

車歴は↓こちら。

http://d51498.com/db/D51/D51903