SAMPUKU爺様と江別の鐵様の画像につき、転載はご遠慮ください。
昭和42(1967)年8月13日 滝川機関区
1053号機に続き、こちらも新小岩区からの転入機。まだ大宮工場の香り漂うディテールで、北海道では滅多に見られない送水管カバーを装着しています。フロントサイドステップの踏段は改造されているように見えます。ドームは標準型に交換され、戦時型を払拭するスタイルです。
昭和43(1968)年12月24日 美唄駅
送水管カバーは撤去されています。やはりね。油ポンプ箱上部の止弁周りはオリジナルな姿に戻されているようです。左側に写る客車は美唄鉄道の所属。
昭和47(1972)年8月 由仁駅
切り詰め除煙板とコの字型手摺、補助灯、エプロン、ドーム前の手摺、旋回窓など、すっかり北海道仕様に改装されています。
かつて左手、駅舎側には貨物用の側線・ホームが、島式ホームの右側には木材工場があってその側線にはチキやトラ90000などが留置してあり、更に画面右奥にまで線路が伸びていた由仁駅。今は往時の隆盛を偲ぶことが不可能なくらい変わってしまいました。
車歴は↓こちら。