田中 泰三様とSAMPUKU爺様と江別の鐵様の画像につき、転載はご遠慮ください。
小樽築港機関区へ転属となる2か月ほど前の姿。LP405が2灯という姿は、いささか滑稽な趣があります。隣の暖房車はTR34を履いたオヌ33形式13号か14号でしょうか。
キャブ側面の番号板は、窮屈ではない通常の数字配列です。
昭和47(1972)年6月17日 苫小牧機関区
番号板がやや下気味に取り付けられているように見えるのは、前照灯が奥まった場所に移設されてしまったからでしょうか。
最上段のステップと炭水車上端までの距離が結構あるように見え、昇り切るには最後の踏ん張りが必要でしょう。下部左右のステップが随分と物々しいように見えます。
舟底炭水車の解放テコの形状って、こんなにサッパリしていましたっけ。
昭和47(1972)年8月 千歳→長都
奥には跨線橋が見え、それが千歳駅でしょう。なので長都方面に向かう下り列車かと。
原ノ町区時代のスタイルは、前照灯、エプロン、切り詰め除煙板・手摺、止弁のボックス化、前端梁のスノープラウ取り付け用ボルト孔、清缶送入装置撤去などにより、すっかり北海道色に塗り替えられています。
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