



















この時点で15時21分、まだまだ明るいですけれどもうお腹一杯。フィルムもちょうど無くなりかけていますので帰ります。
行きはキハ12、帰りはキハ17としゃれこみます。

なくなりそうだと聞けば急に愛おしくなるのは人間のサガでしょうか。キハ17系もそのひとつ。ひじ掛けもないので居眠りするには窓際以外は体勢を整えるのは難しそうです。
運転席後部にはブラインドが下ろされています。もともとはトンネル通過時や夜間運転時に、運転窓に客室内が映り込んで運転に支障を来すということから備えられたものですが、常時これを下ろすようになると、運転士が停車中にマンガを読みふけるなどして乗客からクレームが出るようになります。ストで国民に迷惑をかけるわ、勤務態度は悪いわで、この当時の国鉄は何かにつけ槍玉に挙げられておりました。
この当時、喫煙規制はまだユルユルだったので禁煙車はありませんでした。キハ17には「混雑時のおタバコはご遠慮下さい」が、寝台車の寝台には「寝台でのお煙草はご遠慮下さい」という札が貼ってあったくらいです。駅での禁煙時間帯というものもなかったように思います。
そういうご時世ではありましたが、電車、気動車の運転士は基本的に喫煙はしていなかったようです。やはり乗客の目を意識してのことだと思います。一方、機関車の方には灰皿が用意されていて、機関士の喫煙は自由でした。DD51にもED76にも灰皿は付いています。機関車キャブ内は乗客の目に触れることはありませんし、蒸気機関車時代からの流れがあったのかもしれません。
因みに現在でも喫煙は禁止されているわけではないようです。眠気覚ましといった効果があるわけですし。ですから、運転士がガムを噛んだりアメを舐めたりしていても決してクレームなど付けないようにお願いします。
また運転士が居眠りをしているようでしたら、スマホなどで撮影するよりも先に、まずドアを叩くなどして起こして欲しいですね。画像をアップして得意がっている連中には反吐が出そうです。運転士が居眠りしても列車は暴走することなく自動的に停車します。そんなことも知らないマスコミが居眠り運転をことさら重大事故のように騒ぎ立てるのもうんざりです。まあ確かに気の弛みは重大事故の引き金にはなりますけど。
昭和52(1977)年3月29日