ただいま鉄道写真スキャン中

昭和40年代中半の国鉄時代から、21世紀初頭のJR時代までの鉄道写真をご紹介。当時のことやら思い付いたことなどをとりとめなく記しました。

C56試運転三日目

この頃の写真は、すでにモノクロで掲載済みなので内容が重複しております。でもまあ、掲載した本人が何を書いたか忘れておりますので、気にせずアップさせていただきます。

午前中の9821列車は桑園~札幌間でさっと撮り、午後から南小樽へ移動しました。
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南小樽→小樽築港
昼下がりの斜光を浴びて1752M(千歳空港行き)が通過してゆきました。このまま陽が差していたらよかったのに。肝心な時に陰ってしまいました。

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ぶれてるし、ダメやん。
三脚固定の望遠+モノクロでシャッターを切った直後、すかさず手持ちカメラで撮りましたが、気が焦ったか全然ダメですね。
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踏切には警備員が出ていますが、あまり厳しくないようです。

蒸機列車が行ってしまうと、再び太陽が差し込んできました。
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1754M、566D
今更晴れられてもなあ。お天気ばかりはこちらの思うようにはなってくれません。こんなんでも、晴れてくれて嬉しいけどさ。

4月17日の記事の通り、この後、この場所に近所の子供たちが集まってきて、C56の単機回送を見送ったのでありました。

昭和55(1980)年11月18日

雑誌「蒸気機関車」を久々に手に取りました。モノクロ写真ばかりですが、そこからは機関車の息遣いが伝わってきます。かろうじて終焉の頃を共有できたこともあるでしょうけれど、シャッターを切った時のカメラマンの思い(執念)もその写真に焼き付けられているからこそだと思います。しかし一方で、溺愛のあまり「蒸機を廃車にするな!」という身勝手な意見も読者の声としていささか氾濫気味で、興ざめする部分もなきにしもあらず。それも時代でしょうね。少しずつヤフオクでバックナンバーを揃えています。友人が既に全巻揃えているのですが(私のお陰です)、やはり自分の手元に置いていつでも読める状態にしておきたいですね。因みに創刊当時に編集に関わっていた関沢新一氏は、「ウルトラマン」の脚本などを手掛けた作家さんです。