ただいま鉄道写真スキャン中

昭和40年代中半の国鉄時代から、21世紀初頭のJR時代までの鉄道写真をご紹介。当時のことやら思い付いたことなどをとりとめなく記しました。

清水港線、ファイナルへ向けて(その2)

巴川口まで歩きつつの撮影です。線路はこの辺りから国道150号線に平行しています。

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10:19 663列車 巴川口→折戸
「天野回漕店」付近の、踏切のあるカーブです。この辺りの線路跡は遊歩道になっています。

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ゴミ散乱。あまり気分はよくありません。
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11:37 巴川口←折戸 662列車
少し巴川口に進んだ橋梁です。道路橋と水管橋の間にも今は橋が架かっています。タキ5450(黄色タンク車)やタキ5050といった塩素類を輸送するタンク車や、10両のうち新造3両改造7両のタキ200はトリクロールエチレンという何だか訳の分からないものを輸送するタンク車といったものが、短い編成を組んでいます。

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15:37 巴川口→折戸 669列車
現在、この付近の線路跡は道路になっています。地元の有力企業である鈴与のサイロは今なお健在ですが、日本水産の煙突は今はありません。鈴与は創業者の鈴木与平の名前から命名されたものです。漫画評論家石子順造氏はこの会社の社員でしたが、全く別人で同じく漫画評論家石子順氏とはよく混同されました。私も間違えた。

待合室に入ったけれども何もなかったので何も撮影せずに出てきました。この「何もない」という感覚が全くダメダメです。時刻表とか窓口や改札とかホームの様子とか、駅の周辺とか幾らでも被写体はあるのに、それらに鈍感になっているから「何もない」などとほざくのです。

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16:35 清水埠頭←巴川口 668列車
そしてこの日のシメは、全く芸のない巴川橋梁での撮影です。
やはり一度は過去に戻って、当時の自分をしばかなくては気が済みませんね。

昭和59(1984)年2月11日