ただいま鉄道写真スキャン中

昭和40年代中半の国鉄時代から、21世紀初頭のJR時代までの鉄道写真をご紹介。当時のことやら思い付いたことなどをとりとめなく記しました。

清水港線廃止まで一週間(その5)4往復目最後

いよいよ残り1往復となりました。私が撮影できる最後の清水港線の列車です。富士山が見えたので、やはりここは巴川口の橋梁へ行かねばという気分になりました。

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15:10 清水埠頭→巴川口 混9627列車

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富士山がうっすらと・・・残念・・・

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ホームには大勢の人影が見えます。さて、急いで移動します。

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撮影許可を取っていた場所から巴川口駅を俯瞰します。機関車はちょっと隠れちゃっています。屋根のある貨物ホームもあったんですね。

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こんな所に専用線がありました。清水港線とはどう連絡していたのでしょうか。入換動機はここで撮ったのかしらん。

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15:27 折戸←巴川口 混9627列車
逆光は仕方ないけど、酷いフレーミングだこと。

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この後の最後の撮影は、今列車が通過している場所で行いました。

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清水港線と海との組み合わせは、これが唯一のカットとなりました。ズームレンズの糸巻き型収差が結構目立ちます。

ここからフジクローム
イメージ 9さて、いよいよ最後の撮影。踏切から折戸方面を眺めています。

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16:26 巴川口←折戸 混622列車
車に邪魔されるんじゃないかとヒヤヒヤしながら撮影しました。この後のカットでは邪魔されています。

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あ~去ってゆく去ってゆく。来週でおしまいだあ。見えなくなるまで見送りました。見納めですもん。

この後、急いで街に出て会社の同僚たちと一献を傾けたことになっているのですが、その記憶は完全に吹っ飛んでいます。

昭和59(1984)年3月25日