ただいま鉄道写真スキャン中

昭和40年代中半の国鉄時代から、21世紀初頭のJR時代までの鉄道写真をご紹介。当時のことやら思い付いたことなどをとりとめなく記しました。

清水港線、ファイナルへ向けて(その3)

前の晩の酒が多少は残っていたかもしれません。午前様だったし。おまけに快晴の朝は清水の町らしからぬ寒さでした。この日の撮影は午前中だけ。

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まずはバスで巴川橋梁にやってきました。ここではいつも夕方の列車しか撮っていなかったので、一度くらいは朝の列車を撮っておかなくちゃ、ね。

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8:20 661列車 巴川口←清水埠頭
日曜日なので車内は満員のようです。因みに平日も満員です。下り列車だけは。車内アナウンスは流れていたのでしょうか。平日は流れません。

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661列車
川口駅では下車した人がいますね。

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駅近くで撮影したような気がします。1枚きりの撮影。せめて周囲の風景くらい撮っておけよ。

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9:08 660列車 折戸→巴川口
どこだか思い出せません。車掌車が1両だけのトホホな編成。

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10:14 663列車 折戸←巴川口
後ろに見える「テンジンヤ」はもう無いようです。下り貨物列車は結構長い。

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11:32 662列車 折戸駅
またもやトホホな編成でした。この日、最後の撮影。
この列車がやって来る少し前、すぐ近くのアパートに住んでいると思われる奥様が「あたしの写真を撮って」と声を掛けてきました。「今、着替えてくるから少し待っててね」と言われて待っていましたが、列車が通過して20分しても現れず、我慢していたオシッコもそろそろ限界だったので、奥様を見捨てて寮に戻りました。

その後、会社の先輩の部屋に遊びに行き、昼間っから懲りずに酒盛りしました。夕方近くになり、酒の勢いは否定できませんが、会社の女の子に電話をかけて「これから清水港線に乗ろうぜ」と三保駅まで誘い出しました。
三保駅からの上り列車は朝ほどは混雑しておらず、二人でボックス席を占領し、その日の最終列車でデートと洒落込んだ次第です。それから東海道線で静岡に出て、居酒屋で彼女の恋愛話や失恋話に耳を傾けてあげましたが、「高嶺の花 第3話」の石原さとみみたいに水をぶっかけるような無粋なことはされませんでした。でも店を出ると雨に濡れてしまいました。翌月、いよいよ清水港線は廃止になります。

昭和59(1984)年2月12日