ただいま鉄道写真スキャン中

昭和40年代中半の国鉄時代から、21世紀初頭のJR時代までの鉄道写真をご紹介。当時のことやら思い付いたことなどをとりとめなく記しました。

所要で富良野へ

お世話になっている駅員さんに用事があって、富良野駅へ行ってきました。あ、これ、22年前の話ですからね。

例によって新琴似駅で「一日散歩きっぷ」を購入し、520Dで札幌へ。途中、桑園駅手前で回送の「スーパーおおぞら1号」と並走するので写真を撮ったのですが、あまりの下手っぴーぶりにお見せすることはできません。この520Dにはその後も何度も利用し、ようやくビデオで回送「スーパーおおぞら1号」との並走を撮れた時には、やっとつかえたものが取れたような気分になり、安堵したものです。
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特急列車同士の顔並びは、いつの時代でもいいものです。それもヘッドマークがあってのことですが。

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06:50 「ミッドナイト」の回送列車
1/30で流し撮りをしてみました。

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06:56 オホーツク1号・127M
この当時のスラント車には「SUPER TOKACHI」か「OKHOTSK」のどちらかのロゴが表記されていました。因みに「オホーツク」はロシア語だと「OXOTCK」。

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07:00 127Mより
S-901だあ。廃車の話はまだ微塵もありませんでしたが、S-901はいつも気になる存在でした。
乗車したクハ711-22は、試作車同様に運転室仕切り壁の窓が大きいので、展望するにはありがたいのですが、多くのクハ711は、細長い窓が高い位置にあり、背が高くない自分にはありがたくないです。

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07:57 岩見沢駅 146M
S-902が見えたので、127Mの停車時間中にすかさず写真を撮りました。クハ711-902の屋根上の通風器の形状が独特です。

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08:53 転線

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08:54 転線

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08:56 滝川→江部乙 2063列車 DD51 1064

3月のダイヤ改正で、2427Dから2429Dに列車番号を変えた釧路行き普通列車の待ち合わせ時間に、いつものように駅北側で時間をつぶします。貨物列車の列車番号は、この時点では分かっていました。

富良野駅に到着すると、顔なじみの駅員さんに挨拶とお礼がてら、自分で製作したビデオ(VHS)を渡しました。そのビデオには石灰石輸送貨物列車の映像を収録しているのですが、東鹿越駅での入換シーンでは、その駅員さんの姿をバッチリ入れさせてもらったのです。少しだけお話をし、わずか40分の滞在で帰途に就きました。写真は1枚もありません。

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12:45 滝川駅 上り「宗谷」
一日散歩きっぷ」では乗車できないので、見送るだけです。因みにこの10分前に発車していった下り「宗谷」には、キハ56が1両、増結されていました。

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15:00発の571D 札幌駅
キハ53時代には、自宅付近で急行色が見られる貴重な列車で、写真にビデオに何度も撮影したものです。この列車を見送り、この後の列車で帰宅しました。

この年の夏以降、遅ればせながら車で撮影するようになってからは、富良野線に「ノロッコ号」やSL列車が運転されるようになり、何度も札幌と富良野の間を往復したものです。その間に、富芦道路はいつの間にか砂利道から舗装道路に変わりました。

平成9(1997)年4月26日