以前にDD51の画像をアップしましたが、その追加分で~す。
いきなり廃車体ですみません。でも釧路のカマは、現役時代でもこれに近い外観でしたよ。ラジエターカバーが当たり前に取り付けたままなのも釧路のカマの特徴。
昭和57(1982)年10月10日 02:50頃 花巻駅 DD51 569
夜間の駅撮りでは、駅の照明が足回りも照らしてくれるのがありがたいです。
昭和57(1982)年7月31日 福知山駅 DD51 574
端梁に後部標識灯を設置しているのはDD51とその仲間の特徴。古くは、蒸気機関車で前端梁に引っ掛けているものがありました。
昭和61(1986)年4月30日 10:17 木曽川←尾張一宮 DD51 587
SG非搭載車なので、暖房用のホースもホース掛けもありません。と思ってよくよく見たら、端梁の向かって左側下方にありました。暗くて見え辛いですけども。運転室窓の防護柵が物々しいです。
昭和58(1983)年5月2日 倶知安→比羅夫 DD51 705
寒冷地、極寒冷地で使用される機関車にはワイパーではなく旋回窓が装備されましたが、気動車で装備された例は極めて少なく、私鉄車も含めて、キハ20系のごく一部だけでしょうか。電車では市電のササラ電車くらいしか思い付いません。JRになってからは、船舶用の旋回窓に交換されたものがあり、外枠が太くなりました。
昭和59(1984)年8月17日 (臨)小樽築港(会場前)駅 DD51 706
ボンネット上のスピーカーは北海道ガマの特徴。入換の際に使用していたようですが、実際に耳にしたことはありません。今は無線機でやりとりしています。
昭和59(1984)年11月25日 10:34 徳沢駅 1227列車 DD51 757
JR化に際し、貨物機になります。
昭和57(1982)年7月31日 和田山駅 DD51 761
タブレット受けが出入口脇にありますが、なんか使いにくそうです。授受のシーンを見たことが無いので分かりませんが、扉を開けて行ったのか、それとも扉の窓から身を乗り出して行ったのか。
貨物機でSG非搭載なのに、なぜか暖房用ホース掛けがあります。これは、旅客列車を重連で牽引する場合、次位が800番代になった時に、前の機関車からの蒸気を客車に送れるように引き通し管を設置してあるからと鉄Pで解説してありますが、そうであってもホース掛けはなくていいんじゃね?
昭和59(1984)年7月26日 19:36 赤間駅 2060列車 DD51 877
正面ナンバーの下地が朱色なのは九州カマの特徴。800番代にはSGがないので機関室内はとても広いです。
昭和64(1989)年1月7日 10:03 札幌←苗穂 北斗星3号 DD51 1010
北斗星色と国鉄色との混色重連が見られたのは1年もなかったかも。ただし、★カマの故障で貨物機が急遽運用に就き混色重連になったことは何度かあったようです。
昭和61(1986)年7月27日 07:56 鳥取←福部 出雲3号 DD51 1117
センターキャブの機関車は入換機関車みたいな姿なので(DD11やDD13など)、特急牽引には不向きだ。DD51誕生の頃は国鉄部内にそんな意見もあったそうですが、なんのなんの。ヘッドマークを掲げてブルートレインを牽引する姿は様になっているではありませんか。慣れの問題もあるのでしょうけれど、デザイン的なものは個人の趣味や当時の流行によって影響を受けやすいので、評価は実に難しいです。