ただいま鉄道写真スキャン中

昭和40年代中半の国鉄時代から、21世紀初頭のJR時代までの鉄道写真をご紹介。当時のことやら思い付いたことなどをとりとめなく記しました。

C56 125

田中 泰三様とSAMPUKU爺様の画像につき、転載はご遠慮ください。

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昭和42(1967)年8月1日 糸魚川機関区

 

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昭和43(1968)年5月31日 松任工場

 

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昭和43(1968)年6月1日 松任工場

車歴は↓こちら。

C56125 機関車データベース (形式C56) - デゴイチよく走る!

一見して除煙板の湾曲した上部ステーに目が行きます。作業員がランボードを歩くための配慮にも思えますが、ツララ切りのようです。同じ糸魚川区の115号機はえろうごっついステーでしたが、それもまたツララ切りということで。

ツララ切りといえば、115号機と同様に125号機にもまた、炭水車には背の高い手摺が付いています。1枚目、2枚目にチロッと写っているのですが、どうやらこれもツララ切りなのだそうです。でもそれにしては高さ不足のような気がします。炭庫上端にも届いていません。それでキャブ側にも背の高いツララ切りを設けたのでしょうか。

3枚目のキャブの写真には、雨水の排水管と平行して何やらぼっこがぶら下がっています。運転時における乗務員の落下防止棒なのでしょうか。その上に付いている輪っか状の物も気になります。

この機関車は大糸線で活躍しましたが、小海線にも出張して数多くの写真に記録されています。