ただいま鉄道写真スキャン中

昭和40年代中半の国鉄時代から、21世紀初頭のJR時代までの鉄道写真をご紹介。当時のことやら思い付いたことなどをとりとめなく記しました。

C56 123

田中 泰三様の画像につき、転載はご遠慮ください。

f:id:railway-photo:20210403083058j:plain

f:id:railway-photo:20210403083111j:plain

f:id:railway-photo:20210403083125j:plain

f:id:railway-photo:20210403083850j:plain

f:id:railway-photo:20210403083901j:plain

f:id:railway-photo:20210403083915j:plain

f:id:railway-photo:20210403083935j:plain

昭和43(1968)年6月2日 七尾機関区

車歴は↓こちら。

C56123 機関車データベース (形式C56) - デゴイチよく走る!

C56といえば「高原のポニー」などという愛称を頂戴してトコトコ走っていた小海線が圧倒的に有名ですが、一方、七尾線はというと列車そのものよりも春の能登鹿島駅に乱れ咲く、桜並木との組み合わせが印象的でした。リアルで見たことはありませんが。C56が誕生した昭和10(1935)年に七尾線小海線が全通したというのも何かの因縁なのでしょうか。山の中を走っているのに「小海」という名称は何か変ですけど、その由来は小海町のホームページに紹介されています。

JRになってから160号機がC57 1と重連を組んで「SLときめき号」を牽引したことを懐かしく思い出します。

 

形式入りナンバープレートは、兄弟機の124号機も同様でした。123号機の方は、映画出演に合わせて形式入りに取り替えられたという説もありますが、実際はどうなんでしょう。その映画の中では踏切事故に遭遇するシーンがあるのですが、その数年後には本当に踏切事故に遭って廃車となってしまいました。

除煙板の点検口は蓋付き。

タブレットキャッチャー炭水車に取り付けられています。キャブ側面に取り付けるスペースが全然ないからでしょう。D51 22、23号機のスーパーナメクジみたいに、ランボードにナンバープレートを取り付けてキャブ側面のスペースを作るのもありかも。因みに、正面のナンバーは赤いです。

炭水車後部のステップは踏板が何とも広いですね。