ただいま鉄道写真スキャン中

昭和40年代中半の国鉄時代から、21世紀初頭のJR時代までの鉄道写真をご紹介。当時のことやら思い付いたことなどをとりとめなく記しました。

手宮からの帰り

手宮駅で、2度目の義経號の自力走行を撮影した後、小樽から旧客で帰りました。

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小樽築港駅
当時のこの駅のホームは大きくカーブを描いていました。札幌方にはコンテナホームがありました。

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張碓駅を通過します。この頃、下り4本、上り5本の列車がこの駅に停車していました。駅員もいたと思います。この駅を脱出するには、写真の護岸壁に沿ってトンネル横まで出て、そこから採石場と思しき構内を海岸沿いに大きく迂回して(昔の線路跡)張碓トンネルの上を越え、くねくねした山道(トラックが走れる砂利道)を登って行くと、国道に出られました。徒歩で40分くらいだったでしょうか。でも問題は、採石場だかの構内を歩けるかどうかでした。写真に写っている看板は、ロープより線路内への「構内に立ち入らないで下さい」という国鉄のもので、護岸壁に沿って歩くなという意味ではありません。ただ、その先に、採石場だかの会社が「構内立入禁止」の札を立てていたような気がします。脱出できないじゃん。でも泳いで朝里に出るのはOK。

札幌駅に到着すると、しばし車両撮影。
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札沼線の石狩沼田経由留萌行き普通列車。ではありません。

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オハフ60 30。オハフ60を見たのはこの時1度きりで、写した写真はこの1枚きり。もっと撮っておけよ、ですよ。

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DE10 513
試運転だったのでしょうか。キャブには何人も添乗しています。
ヘッドマークを取り付けたくなる2本の横ステーが珍しいかも。

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DD51 1138。上り貨物列車が短い編成を牽いて通過します。

オハフ60の車内、撮っておきたかったなあ~。

昭和55(1980)年7月13日