ただいま鉄道写真スキャン中

昭和40年代中半の国鉄時代から、21世紀初頭のJR時代までの鉄道写真をご紹介。当時のことやら思い付いたことなどをとりとめなく記しました。

夕陽ギラリ

期待していたわけではありませんでしたが、そーゆーことになったので、内原には日暮れまでおりました。

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交直流電車の403系は、直流電車の113系115系に比べると地味な印象は拭えません。でも、このマイナー気味な電車、実は北海道とは全く無縁とは言えない存在なのです。昭和42(1967)年7月に711系試作車2編成(S-901、S-902編成)が落成すると、東北本線の仙台~北上間で試運転が行われ、その時エスコートしたのがこの403系だったのです。つまり711系×4+403系×4の異系列8両という編成がみちのく路を疾走したのです。昭和42年といえば、翌年10月の東北本線の全線電化を控えて、蒸機ファンが奥中山で三重連の撮影に熱中していた頃です。711系の試運転を撮影したファンなど、ほとんどいないでしょうね。因みに常磐線の全線電化は東北本線より1年早く、この年の10月に実施され、C60、C61、C62といった大型ハドソンが常磐線から姿を消しました。国鉄最後の蒸機牽引ブルートレイン特急「ゆうづる」、見たかったなあ。

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後追いですが、まだ太陽が高いです。フレアが出まくり。ズームレンズに内蔵されているフードはほとんど役に立ちません。それにしても12両編成はいいですねえ。

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ひたち16号
当時、この顔は見飽きていました。どこへ行っても電車特急はこの顔ばっかり。ええ加減にせい、なんて何度思ったことでしょう。そのくせ、今の多彩なJR特急電車に対しては「つまんね」とかほざいているのですから、ファン心理なんて身勝手極まりないです。

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いい感じなりましたが、クハ481の顔がつぶれ気味なのは、レンズのせいなのでしょうか。日の出に見えなくもないかなと、年賀状に使おうと思って、いまだに使わず仕舞です。

昭和58(1983)年12月4日 内原→友部