ただいま鉄道写真スキャン中

昭和40年代中半の国鉄時代から、21世紀初頭のJR時代までの鉄道写真をご紹介。当時のことやら思い付いたことなどをとりとめなく記しました。

旧客に揺られて米子へ

当初は、その日の晩は米子から夜行急行「だいせん6号」に乗車して、翌早朝(といっても未明)、福知山に到着する予定でしたが、撮影で汗だくになっていささか疲労感もあったので、無理はせず、米子で宿泊することにしました。当時はホテル宿泊ガイドブックを持参し、その都度、電話で予約を入れておいたものです。そう決めるとす~っと心が軽くなり、米子までゆっくりと心置きなく鈍行の旅を楽しむことにしました。

 

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鎧での撮影を終えて16:24、米子発、福知山行きの528列車に乗車しました。あれ?米子に行くんじゃないの?はい、米子行きの529列車には香住から乗車します。駅で待つよりも、ちょっとでも旧客に乗車しておこうという算段です。

牽引機のDD51は、500番代の最終番号である1193号機。DD51全体で見ると、800番代の1805号機が最終製造機で、1193号機の半年後に落成しています。北海道配属機では1169号機が最終機でしたが、昭和51年の追分機関区火災で焼失してしまいました。落成から廃車までわずか11か月という短命。それでも、試運転もろくにされぬまま廃車解体された悲運のキハ285系よりはマシだったかも。

車内はガラガラなのに乗車時間が短かったので、ずっとデッキでDD51の顔を眺めておりました。

 

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16:32 香住駅 528列車

この先の柴山駅でも529列車に乗り換えることはできるのですが、せっかくののんびり鈍行、乗り継ぎ時間に余裕がないのはイヤなので、止めておきました。

 

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香住駅

529列車乗車まで21分間あるので、改札を出て駅舎の写真を1枚。そうそう、それでよし。でも欲を言うなら、数枚は撮っておいて欲しかった。米子まで3時間46分の車中なので、食料や飲み物も買っておいた筈です。

 

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16:53 529列車

九州の機関車みたいに、正面ナンバーの部分が朱色になっています。この764号機は新製配置が直方だったからでしょうか。

 

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オハフ33 539

車内は結構いい感じで混んでいました。非冷房の車内では扇風機がグルグル回っています。扇風機と窓からの風で十分だったような気がします。

 

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17:00頃 鎧駅

鎧駅に戻ってきました。夜、薄暗い白熱灯に照らし出されるデッキには、何とも言えない趣があります。ここで列車行き違いです。

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17:00頃 まつかぜ4号

旧客ならではの構図かと。

 

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17:05頃 余部橋梁通過です。窓から手だけ出して、ノーファインダーで撮ったんだったか。

 

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17:07 餘部駅

意外にも多くの下車客。鉄ちゃんも混じっていたと思うけれど。ここでの撮影はもう少し後にとっておきます。

 

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餘部→久谷

ず~っと窓から顔を出して風を浴びてました。網棚にはウォークマンを載せて車内の様子を生録したのですが、扇風機の風がボコボコ入っておりました。orz。地元の人たちの訛り気味の会話が面白いと期待していたのですが、ボコボコ。

 

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17:22 浜坂駅

天気が回復し、夕陽が拝めそうです。

 

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18:48 青谷→泊

「今日、一日が、終わりだと~、西の~空が~、溜息~付いて~」と、ふと千春さんの歌が、たった今、頭の中をよぎりました。デビューしたてで札幌の放送局でラジオ番組を持っていた頃は、足寄との「通勤」には「からまつ」を利用していたようです。その様子はビデオ化されています。札幌駅の地下窓口で切符を買い、寝台車ではなく座席車に乗り、翌朝、池田駅で下車すると、駅員にサインを求められ、キハ22に乗り換えてふるさと足寄へ向かう。そんな映像が、コンサート映像の中に織り込まれている作品です。タイトルは覚えていません。

 

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18:59 泊駅

北海道にも泊はありますが、鉄道はなく、原発があります。

 

米子までこんな具合に、撮影を楽しみながら乗車するのですが、はてなブログの今月分の写真許容容量が一杯一杯になってしまいましたので、この続きは次回へ回します。旧客鈍行の旅って、ホントいいですね~。

 

昭和61(1986)年7月25日