田中 泰三様の画像につき、転載はご遠慮ください。
今回より旅客用大型蒸機に突入です。そのトップバッターは、C53形式の後継機であるC59形式。3気筒エンジンのC53形式と同等の性能を有し、軸重16tオーバーでレールを踏みしめ、東海道・山陽本線の特急列車牽引に大活躍しました。戦後生まれの101番以降のうち、最後に残った3輌(161、162、164号機)が呉線で急行「あき」などを牽引し、C62形式と共に大型蒸機ファンを大いに沸かせました。最終番号は196号機ですが、133~155号機が製造キャンセルで欠番となっているため、製造総数は173輌です。同じ目的のC53形式が97輌製造されたのに対して倍近くも製造されたのは、それだけ東海道・山陽本線における長大編成の旅客列車の本数が増えたという事でしょう。
C59形式は昭和45(1970)年秋までに運用を終えましたが、その改造機であるC60形式は、C59形式よりも九州で数か月だけ長生きしています。
昭和45(1970)年9月24日 糸崎機関区
車歴は↓こちら。
C59162 機関車データベース (形式C59) - デゴイチよく走る!
呉駅で実施された展示会のようです。
異例の措置として急行列車ながらもヘッドマークを掲出していた「あき」。漢字では「秋」ではなく「安芸」です。162号機は、キャブ側窓の前に明り取り窓が設けられています。煙突にはキャップ状のものが載っていますが、無火状態なので蓋でもしているのでしょうか。
昭和45(1970)年9月24日 糸崎機関区
162号機に比べてエプロンが小型のためか、大人しい印象です。
昭和47(1972)年8月25日 奈良運転所
車歴は↓こちら。
C59164 機関車データベース (形式C59) - デゴイチよく走る!
梅小路での保存が決まり、その途上でしょう。後部の切り欠きがないので、背が非常に高く見えます。実際、炭水車は石炭10トン、水25㎥積載の最大のものですけど(C62はそれぞれ10トン、22㎥)。
高性能ながらも軸重の大きさが災いし、運用可能な路線が限定されたために、C62よりも早くに引退してしまいました。
実物は梅小路蒸気機関車館の時代に目の当たりにし、映像ではDVD付き雑誌などで数多く見ていますが、北海道には縁のなかった形式とはいえ、やはり現役当時の動く姿をナマで見たかったです。C62との並びなんて素敵じゃないですか。