ただいま鉄道写真スキャン中

昭和40年代中半の国鉄時代から、21世紀初頭のJR時代までの鉄道写真をご紹介。当時のことやら思い付いたことなどをとりとめなく記しました。

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田中 泰三様とSAMPUKU爺様の画像につき、転載はご遠慮ください。

昭和42(1967)年8月13日 滝川駅

ホームから降りて撮影しても、危険な行動さえしなければ何も言われなかった時代です。左端には給水用のスポートが見えます。貨車を見ると、木材やチップが目に留まります。山間のちょっとした駅には、構内に木材が山積みになっているのを目にしたものです。

 

昭和42(1967)年8月18日 鷲別機関区付近(幌別→鷲別)

単線に見えますが、この当時、鷲別~東室蘭間の上下線は、鷲別機関区と東室蘭操車場とを包み込むように敷かれて離れていたため、鷲別駅には上下線それぞれに駅舎がありました。そして両者は地下道で結ばれていました。

 

昭和47(1972)年6月17日 追分機関区

もはや換算両数標記はかすれています。北海道機らしい汚れっぷりです。

車歴は↓こちら。

http://d51498.com/db/D51/D51413

昭和42年では普通の煙突ですが、昭和47年にはギースルに変わっています。滝川区から追分区への異動に伴い施工されたものと思われます。他には除煙板点検口の蓋の有無が両者で異なります。

よく見ると、除煙板前端の手摺の取り付け方が左右で異なります。向かって左側が切り詰めデフの一般的な取り付け方です。